Re:砂金掘りとの出会い

小林(2003/10/06 18:27:26)


 長々と読んでいただき、ありがとうございます。砂金はそれほどでもないままですが、秘湯はかなり苦労していった場所が多数あります。本土から北海道に行かれた砂金掘りの方々、次に行かれる際は、秘湯を訪ねてもおもしろいですよ。私が密かに行きたいと思っている場所、それは、島牧村にある、その名も「金花湯」地図にも載っていないという、すごい中のすごい秘湯らしいです。場所柄、もしかしたら砂金もたんまりあるかもしれません。でも、迷い込んだら熊のエサになるかもしれないという場所。さすがの私も未だに行く決心が付きません(島牧YHでツアーをされているということですが、道が崩れている場合もあるそうです)。お迎えが来そうになったら、いってみようかな!

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温泉いいですねー

kita(2003/10/06 19:14:33)


 金花湯というのは小金井沢温泉のことですね、近くには黄金の滝があり、砂金掘り心をくすぐりますな。知内温泉も砂金掘りの後入ると疲れが残りません、かなり熱いですが。ボクもタダの温泉にはいくつか入りました、ロードバイクでいける所なのでそう多くはないですが、ボクの中でbest1は今は場所が変ってしまったオンネトー、No.2は小林さんも書いている水無海浜です。

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Re:温泉いいですねー

小林(2003/10/06 21:19:22)


 オンネトーは場所の変わったところに行きましたが、それでもとてもよかったです。水無海浜温泉は、湯船に昆布がたくさんはいっていて、湯豆腐になった気持ちがしました。フナムシの茹で汁入りでした。お見せできませんが、昆布巻きになって記念撮影を行いました。大切な場所を昆布で隠しての。まあ、水無海浜温泉は、確かきれいに改修されたということですが。私の一番はニセコの小湯沼です。

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Re:温泉いいですねー

morimori(2003/10/07 16:57:30)


 小林さんお久し振りです、砂金掘りとの出会い見ました。楽しく読ませていただきました、所で何でも鑑定団私と妻でしたその時の砂金全部で126万円でした。

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ゆり板をつくってみました

大森(2003/10/06 22:11:29)


 kitaさんのページを参考に製作してみました。最初は材木の接着で剛性は大丈夫か心配が有りましたが、予想外に強度が維持できました。これから試運転をして、少しずつ手を入れていこうと思います。

  【写真】

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滑らかさはどうですか?

野村(2003/10/07 10:06:45)


 曲面をRに添って指先でなぞってみて、でこぼこを感じなければOKです。ノミやトリマーで削ると、どうしても微妙な凸凹が残ってしまいやすいです。

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Re:滑らかさはどうですか?

大森(2003/10/08 00:09:40)


 やはり面積が広い分、凸凹は少し出ますね。これから少しずつ修正をしていこうと思います。電動工具はいっさい使わなかったので、よけい凹凸が出てしまいました。それと今日は試運転もやってみました。体験砂金掘り用の砂金に砂を混ぜ使っての実験です。しかしながら1ルーチン4分以上かかってしまいました。同じ量を16インチパンなら1分以内に処理できますので、ゆり板に関しては自分の技術の未熟さを感じました(あたりまえですよね)。特に板の上での土砂の液化が相当難しく感じます。しかしながら、なんとか使えるようにマスターしたい物です。

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板が曲がってきました。

kita(2003/10/12 11:24:22)


 予想はしていたのですが、逆に曲がってきました。途中経過をレポートしました。

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Re:板が曲がってきました。

大森(2003/10/12 22:21:38)


 私の材木はありふれたツーバイフォー材ですが、1回目の使用には異常が認められなかったのですが、反りなどが出るようでしたら、ここに報告を書くようにします。

 ゆり板は、カッチャと並ぶ日本的道具ですから、何年かかっても使えるようになりたい物です。カッチャも使い始め1年は重砂が満足に採れず、本当に便利な道具なのか疑ったり、使用法の理解に苦しみましたが、今は何のための形状かも理解できるような気がします。もはや手放せないし、特に茨城ではカッチャを持っていかないとお話になりません。

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Re:板が曲がってきました。

kita(2003/10/13 16:16:16)


 伝統的な手法を後々まで伝えていくのも大事な事だと思いますが、ボクにとって一番は、実践でどれだけ使い勝手が良いかということです。量さえ採れればいい時代、海外から色々な物が入ってくる中でずっと使い続けられてきた道具には、それなりに優れたところがあったからと考えるのが自然です。大森さんも使っているうちにきっと手放せなくなると思いますよ。

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その後の様子

大森(2003/10/22 18:43:26)


 この後、数日で取っ手の上部補強板と本体の間に隙間が出来ました。処理として隙間に接着剤セメダインスーパーXを注入し、ステンレスの木ねじで何本か止め補強、その後全体にシールステインという防腐剤を染みこませました。この塗料だと木に染みこみますので、素材感や色が犠牲になりません。

 10月19日再度テストをしましたが、使用後の乾きも早くなり、今のところ反りや割れは起こっていません。このまま引き続き様子を見ます。現在内側が素材色のため、砂金の色との判別が少し、しにくくなっています。古くなって木がくすんでくれば見やすくなるかな。

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Re:その後の様子

kita(2003/10/22 19:57:43)


 やはり剥がれてきましたか、補強はしないほうが良いのかも知れませんね。作ったばかりは金がかなり見づらいです、長期間使い込まないと見やすくなりません、ボクは色をつけるのは好きじゃないのでそのまま使っていますが墨汁を塗ると見やすくなります、又、墨汁をかなり薄めて塗ると言う手もあります。それだと、自然に色がつく頃には墨汁の色が落ちています。

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結局、着色しました

大森(2003/10/28 21:35:07)


 実戦での使用が目的なので結局着色しました。本当は素材色の方が見栄えが良いのですが・・・。何回かの使用で材質も安定し、亀裂や反りは全く起こらなくなったようです。今日も3時間ほど練習をして、前より大分早く砂鉄と砂金のみに正確に分離できるようになりました。あとは、セリ上げですがこれが一番難しいようで今後の課題です。使っていて気が付いたことは、一回でかなりの量の土砂を処理できると言うことです。模造品とはいえ、今後十分戦力として使えるような気がしてきました。

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Re:その後の様子

カン平(2003/10/23 01:08:09)


 反りや割れが起こっていないとのことでなりよりです。ゆり板を知りませんので一般的な木材の話をします。素材選びの参考になればと思います。No1187の写真を見ると柾目板と板目板が混在してるようですが柾目板の方が反りませんね。普通の柾目板よりも本柾目(数が取れない)の方が優れています。ところが、写真の上部の柾目のところで、細かい目のところと、太い目のところが、たぶん「アテ」です。関東では何と呼ぶんでしょうか? 関西でも私の近所だけかも知れませんが。この「アテ」は曲がりやすいし、ひどくなると割れます。それから写真では無いようですが芯材(芯、その周辺の木)も曲がるし割れます。ツーバイフォー材だそうですからホワイトフォアーか何かの白木ですので分かり難いですが、辺材(白太)は水分を含みやすく伸縮が激しいく腐りやすい性質があります。芯、辺材を除いたドーナツ状の木材を柾挽きにしてアテ、節が無いものが良いことになります。昔の障子などはまさにそのとおりです。障子は釘止めできないので材料にこだわっています。建築材は木の曲がり以上の応力のある釘で止めればすみますからね。手に入れる方法ですが、ホームセンターや○○ハンズでは無理でしょうね。基本的に材木屋は長さが1間、1間半、2間・・・のサイズが必要でしょうから、中途半端なゆり板の長さなら売り物にならないからそこら辺に転がってるはずです。厚みと幅が心配ですね。建築材よりは建具材等を扱う材木屋がお勧めですね。いつも指導していただくばかりですので参考になれば幸いです。

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絵に描いて説明していただけますか?

野村(2003/10/23 09:01:59)


 木材の素人にはちょっとわかりにくい話ですので、絵で説明していただけると助かるのですが。

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Re:絵に描いて説明していただけますか?

カン平(2003/10/24 00:46:10)


 図を2枚書いたのですが上手くUPできませんので、出会ったときに説明をしましょうか。芯材=赤身+芯だったような気がしますので訂正があるかも知れませんね。

 木材は十分に乾燥をさせてから加工すると割れ狂い等が少ないです。今から春先までが一番いい時期です。木口からの蒸発が一気過ぎると割れが入りますので、木口に木工ボンドでも塗って徐々に、しっかりと乾燥させてから加工してください。材木屋、工務店で貰う綺麗な色の板は乾燥が必要でしょう。建具、木工屋の真っ黒な板ならそのまま使えると思います。樹種を考えてましたが、一度ゆり板なるものを見てからにしたいと思います。

 それから連絡ですが、熱がおさまりませんので土曜日は欠席させていただきます。

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Re:絵に描いて説明していただけますか?

野村(2003/10/24 11:35:38)


 この掲示板に絵や写真を載せるには、自分で開いたホームページに保存してあるものを、アドレスで引っ張ってくるしかないのですが。

 残念でした。明日土曜日午後に、我が校で兵庫県地学会の「地学セミナー」をひらき、電子レンジを使った「錫石の精錬」の実験をします。

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ユーコン砂金物語(3) ボナンザ・クリークの砂金層

五味(2003/10/06 23:10:54)


 ボナンザ・クリークでカーマックが採取した砂金が、40マイル町で衆目に曝されたその日の午後、人々は町からボナンザ・クリークに殺到、40マイル町は一日でゴーストタウンになってしまいました。代わりにクロンダイク河がユーコン河に合流する地点にドーソン・シティ(Dawson City)が新しくできあがります。そして3箇月間で500鉱区が設定されました。

 カーマックが砂金を発見した地点は、たまたま基盤岩が露出していたところで、基盤直上に豊富な砂金を含む砂鉄層があったと考えらます。エルドラド・クリークでは、一般に基盤の上に厚さ1.5フィートの細粒黒砂層(1パンニング・パンで50ドル分の砂金を含有)、その上に1.5フィートの小礫層(1.25ドル)、さらに4フィートの小礫ないし粗礫層(2〜5ドル)、16フィートの砂礫層(0.5〜2ドル)、そして表土の順で堆積物が載っていました。ですから地表付近では砂金の痕跡しかなく、殆どの場所では竪坑を降ろして基盤までの5〜25フィートを掘り下げる必要がありました。地面は夏でも凍結しているため、砂金掘り師達は周囲から切り出した木で焚き火をし、凍土を溶かしながら1日1フィートの割合で掘進したといわれます。しかし竪坑を掘下げて出た土砂のみから、4万ドルもの砂金を採取したという記録もあるほど、非常に豊富な砂金を含有していました。

 竪坑が基盤に到達したら、基盤直上の砂金濃集部を追いかけながら横坑を掘り進めますが、これも常に凍っているため、坑内で焚き火をしながら少しずつ掘ったといわれます。この作業は温度差によって煙が坑外に自然排気されるため、冬場に行われました。掘った土砂は竪坑を巻き上げ、ロッカーで砂金を分離するのですが、もう現場は−60℃の冬で水は凍りついて一適もなく、貯鉱して1897年春まで辛抱強く待たねばなりませんでした。

 当時ドーソン付近で冬を越した人は1500人程度だったといわれています。こうした砂金掘り師たちは辛苦を甞めたものの、本格的ゴールドラッシュの前にそれなりの収穫を収めた人達でもありました。

  【写真】

 エルドラド・クリークのフレンチ・ヒルにあった竪坑とロッカー

  【写真】

 竪坑下底で凍結した含金層を掘る砂金掘り師たち

  【写真】

 ハンカー・クリーク(Hunker Creek)産砂金1目盛1mm

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お初にお目にかかります

wildfire(2003/10/07 23:03:23)


 http://jadore.jp/~wildfire/

 先達の方々の砂金との出会い、興味深く拝見させて頂いています。もちろん皆さんの標本等も目を皿にして眺めています。私などは砂金掘り一年生でしてまだこれからですので色々とご教授いただくこともあるかと思います。よろしくお願いいたします。

 ホリオ様、事後報告ですが、誠に勝手ながらリンクさせていただきました

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Re:お初にお目にかかります

野村(2003/10/08 12:15:29)


 神戸の野村です。こんにちは。さっそく「砂金日誌」を拝見しました。砂金1年生とおっしゃいますが、北海道にお住まいでしたらベテランへの道も遠くは無いですね。何と言っても北海道には砂金が豊富にありますから。あとはやる気と根性の問題でしょう。北海道の方には、雪の下を掘って・・・という方が結構おられます。頑張ってください。

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ありがとうございます

wildfire(2003/10/08 17:37:43)


 野村先生の博識にはいつも尊敬の念を抱いて書き込み読ませていただいています。

 先週日高へ行った際に、門別町の川の支流に黄金橋という小さな橋を見つけ、少し掘ってみたのですが、橋の下に大きな蜂の巣があるのに気付き、慌てて10分ほどで退散しました。もちろん成果は砂鉄ばかりでしたが(笑)。来週天気が良ければ(単車ですので)新十津川へ行ってみようと思います。

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24Kさんとご一緒しました

ナカノ(2003/10/08 13:45:01)


 先日の土曜日に24Kさんとお会いしました。いつも行っている多摩川中流域の近場の現場にお誘いしました。当日は私の友人と土曜日は必ず来ている藤田さんと私とで総勢4人になりました。砂金談義に花が咲きにぎやかなことになりました。

 24Kさんは始めて作ったスルースボックスを持ってきて、みんなからいろいろ意見が出ました。参考にする物がほとんど無く、それらしい物を作ってみたとのことです。私の場合は野村さんから写真を見せてもらい真似して作ったのですが、今はそれが有りません。外国のメーカーのHPの写真は小さくて細部がよく分かりませんし。野村さんのHPの“ベテランコース”の再開が待たれます。お忙しいでしょうが、スルースボックスを作ってみようとしている人たちのためにも頑張ってください。24Kさんの物も完璧とは言えない物でしたが、実際に流してみるとそれなりに機能しました。

 私の友人と藤田さんはそれなりにやっていたのですがたいして採れなかったようです。24Kさんと私は話に花が咲きほとんど採集はせず、せいぜい5〜6パンニングほどでした。やはり、24Kさんも砂金のことを話す人が身近にいなくて、話したいことがたくさんあったようで話がはずみました。それは私も同じで、やはり砂金の事を話し合える人が周りにいないものです。私も野村さんや大森さんたちとご一緒したときのことを思い出しました。砂金の採集成果は二の次で、パンニングのやり方の確認や諸道具のことなどのほうが重要でした。一人で始めると経験者に聞きたいことがたくさん出てくるものです。実際にご一緒するとそのやり方から道具のことまで大変勉強になるものです、知識や情報がいっぺんに増えます。

 現場が家からわりと近い所ということもあって、採集はそっちのけでも楽しい時間を過ごしました。やはり仲間が増えるというのは嬉しいことです。

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Re:24Kさんとご一緒しました

野村(2003/10/08 18:07:01)


 すみませんねー!(涙)。忙しくて、忙しくて! とりあえず参考にしていただく写真を2枚載せます。

  【写真】

 ハイバンカーのスルース部分です。リッフルの形に2種類使われている点にご注意ください。_/ 形と / ̄形です。  【写真】

 自作のスルースのリッフルです。アルミアングルを開いて作りました。

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Re:24Kさんとご一緒しました

24K(2003/10/10 15:59:48)


 お忙しい中、写真を載せていただいて、ありがとうございます。細部が良く判って参考になります。多摩川で見せていただいたナカノさんのスルースと併せて、次のモデルの参考にさせていただきます。

 2種類のリッフルの形について伺いたいのですが、最下流部のリッフル1枚のみが“_/ 形”なのでしょうか? “_/ 形”と“/~ 形”はどのように効果が違うのでしょうか? 私も“ベテランコース”の再開を心待ちにしています。

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済みません、返事が遅くなって

野村(2003/10/24 18:52:12)


 今日は創立記念日で休みなのですが、仕事をしに学校に来ています。24Kさんの質問はうっかり見落としていました。すみません。

 底の部分が前に伸びているのは、下からもぐりこむ水流を防ぐためで、本質的な違いではありません。むしろ、天井部分が水平にあるのと、無いの(斜め部分だけ)の違いですが、これについて書かれた資料は未だ見たことがありません。ただ私の考えでは、水流の強いドレッジには,天井の水平部分があるリッフルが多用されているようなので、流速が早い場合でも砂金が乱流で逃げにくいのではないかと思います。

 もっとも私のハイバンカーでも、最初と最後に斜め部分だけ(天井水平無し)が使われているのには何か理由があると思われますが、確認できてません。ほかのすべての条件を同じにして実験してみたいのですが、実現していません。どちらのタイプも「ハンガリアン・リッフル」としてよく紹介してありますが、本来のハンガリアン・リッフルは水平天井ありの物です。

 また、Keene社のドレッジのリッフルでも、最初だけは斜めのみ。後のはすべて天井ありですが、後ろに行くほど斜め部分の傾斜が寝てきています。高さは同じです。後ろほど流速が遅くなるので、小石を逃がすためでしょうか?

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ナカノさん、ありがとうございました

24K(2003/10/10 15:58:35)


 ナカノさん、先日はありがとうございました。3年前に北海道に行って以来、久しぶりに同じ趣味の方にお会いすることができ(しかも3人も)、とても楽しい時間を過ごせました。私の話しのせいで、ナカノさんの砂金採りの時間を少なくさせてしまって、申し訳ありませんでした。砂金の話しができるのが嬉しくて、いけないとは思いつつ、止めることができませんでした。

 見せていただいたスルースの完成度の高さ、美しさには参りました。いつかはあのようなスルースを作りたいと思っています。砂金の収穫は少なかったけれど、道具や作業を見た事、話をして得た知識、そして3人の方と知り合いになれた事が最大の収穫でした。

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ユーコン砂金物語(4) 米国本土に金塊到着

五味(2003/10/09 00:45:03)


 1896年の冬に採掘された砂金を含む砂礫は、1897年春の雪解けとともに河川水が流れ出してから、一斉にスルースやロッカーにかけて砂金が回収されました。回収された砂金は熔解されて金塊にしてアラスカ州側に運ばれ、米国本土に渡る船舶に積み込まれました。

 1897年7月15日にサンフランシスコ港に入港した汽船エクスセルシオール(Excelsior)号には金塊1トン以上が積み込まれていました。2日後にシアトル港に入港したポートランド(Portland)号にはさらに金塊2トンがありました。シアトル・ポスト-インテリジェンサー紙(The Seattle Post-Intelligencer)は、68人の砂金掘り師が金を持って入港、ある者は5千ドル、ある者は10万ドル相当の金を持ち帰り、ポートランド号だけで70万ドル相当(当時)の金が運ばれたと報じています。これで人々はユーコン州で発見された金鉱床が今までに例を見ないほど非常に豊富であることを知りますが、引き続いて8月から10月に入港する汽船には、それぞれに金を携えた成功組が凱旋するのが連続しました。ボナンザ・クリークとエルドラド・クリークだけから、1年間に採取された砂金は当時の金額で560万ドルに及んだと推定されています。特にエルドラドNo.17鉱区は長さ425フィートでしたが、最終的には砂金12.5万オンス(約4.3トン:1980年金相場で9千万ドル相当)を採取したということですから、いかに豊富な砂金地であったか想像できるというものです。

 当初、40マイルや60マイル町での1日の日労賃は10時間勤務で6〜10ドル、1897年には15ドルでしたが、後にゴールドラッシュで人口が増えてからは4.5ドル+食費手当1ドルに下がりました。この間、金価格は1トロイオンス当り20.67ドルを維持し、現場での砂金は16ドルを維持していましたから、後には品位の低い砂金地でも採掘されるようになりました。

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地震

野村(2003/10/09 09:29:07)


 昨夜は地震で飛び起きました。兵庫県南部地震の悪夢がよみがえってきて、ちょっと覚悟を決めましたが。あの揺れ、震度2ということは無いと思います。気象庁のホームページを見てみたら、釧路で引き続き大きな地震が頻発しているようですね。大樹町、帯広市の皆さんも、大丈夫でしょうか?

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連休は?

野村(2003/10/09 18:44:52)


 皆さん、この週末の連休は砂金掘りにお出かけですか?私は土曜の午前に「土曜講座」で、中学生36人相手に砂金掘りの実習を指導します。場所は加古川です。それが終わるやいなや、富山県へ旅立ちます。ヒスイ探しではありません。実は隕鉄探しなんですョ! 金属探知機を持って。山の上は冷えそうです。また、帰ったら報告しますね。

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Re:連休は?

伊とう(2003/10/10 00:03:41)


 あのう、落ちたんですかインセキが。私だけにこっそりお教えください。黙ってますから。#無理でした。

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白萩隕鉄です

野村(2003/10/10 10:58:31)


 明治23〜25年に2個見つかっている白萩隕鉄です。で、3個目を見つけようと・・・・(笑)。この隕鉄から日本刀が榎本武揚によって造られ、皇室に献上されています。場所は、とんでもない山の中です! 本格的登山になります。

  【写真】

  [星の文化史(富山県の隕石)]へジャンプ

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Re:白萩隕鉄です

伊とう(2003/10/11 23:39:11)


 見せていただきました。これは、あれですよね。金より当たればとても大きいものですね。ナゲットどころじゃあ、ない。ただ、その間にハズレに当たる回数も半端じゃないような。ところで金地金に興味をもち始めた者ですが今、金が安い。

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Re:白萩隕鉄です

伊とう(2003/10/23 23:05:41)


 21日、夜空の砂金、流星群が見られると言ううわさを知って楽しみにしていたんですが、曇りでダメでした。さっきオリオン座がのこのこ出ていましたが、遅すぎるんだなこれが。

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それはそれは過酷な登山でした。

野村(2003/10/24 11:31:30)


 残念ながら今回は見つかりませんでした。天候に恵まれず、谷の上部1/5程を半日で調査しただけで終わりました。まる1日は雨で山小屋に閉じ込められました。

 調査の発起人は足を痛めて途中で下山。谷に調査に入れたのは、総勢9名のうち2人だけ(私ともう一人)でした。滝壺や基盤岩の出ているところを重点的に金属探知機で調べましたが、これと言った反応はありませんでした。谷の上部は傾斜がきつすぎました。隕鉄が発見されたのは谷の最も下流の、本流との合流部付近と思われますので、次回に期待しています。

 帰りは雨の中を下山しました。熊の足跡を何度も見、雨水をすすって飲んだりもしましたが、何とか生きて帰りました。砂金掘りより絶対にきつかったです!

 家に帰って2週間になるのに、まだ体が本調子ではありません。それでも1ヶ月好きな酒を我慢していた甲斐があって、途中で脱落はしなくてすみました。かえりの特急サンダーバードの中で、鱒寿司を肴に、酒を解禁しました。うまかった!

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Re:それはそれは過酷な登山でした。

伊とう(2003/10/25 01:12:24)


 レスありがとうございます。それにしてもすごい探検ですねえ。趣味:探検という感じですが、書くと聞こえはよくとも、中身は命懸けですね。出掛けるまでの準備、体調・知識・道具・打合せ、と仕事そっちのけだったんじゃないかなと推察いたします。まだ、体が本当じゃないと言うことで、お見舞いの言葉しかありませんが、滋養のあるものを食べて、早く元気になってください。一番の薬は、飛来物でしょうけど。また、砂金用具の画像UPありがとうございました。

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ユーコン砂金物語(5) ゴールドラッシュ開幕

五味(2003/10/11 14:03:51)


 1897年当時の北米は不景気に喘ぎ、失業者が溢れていました。ユーコン準州のクロンダイクの豊富な砂金発見は刺激的なニュースとして人々に受け入れられました。実際1896年夏からの一年間で、当時の価値で560万ドル分の砂金が採掘されました。クロンダイクの現場ではすでに居た砂金掘り師達によって有望な河川には鉱区が設定されていましたが、何も知らずに砂金で一旗挙げようと夢見る人々がクロンダイクを目指しました。なかには砂金の掘り方を全く知らない人や、クロンダイクがどこにあるのかも知らない人すらいたといわれています。

 クロンダイク河の入口であるドーソンに至るには、いくつかのルートがあります。いずれも困難であるか時間のかかるルートで、旅費も高く掛かりました。最も簡単なルートは外洋汽船でアラスカ州西部のセント・ミカエル(St.Michael)まで行き、そこからベーリング海に注ぐユーコン河を河川蒸気船で遡上するものですが、道程は4,000マイル以上もあり2箇月ないし3箇月を要しました。さらに冬季はユーコン河が結氷するため、4箇月しか運航できません。それでもアラスカ西部の河岸では30もの運航会社によって河川蒸気船が急ピッチで建造され、1898年秋には60隻以上が就航できるようになりました。カナダのアルバータ(Alberta)州エドモント(Edmonton)や、アラスカ州バルデス(Valdez)から陸路で行くルートもありますが、何百マイルもの道無き原野を横切らねばならず、このルートを選択した人々の殆どはドーソンに辿り着けませんでした。

 誰よりも早くクロンダイクに到達するための最短ルートは、アラスカ州南東のスカグウェイ(Skagway)またはダイア(Dyea)まで外洋汽船で行き、陸路30マイル以上をカナダ側のブリティシュ・コロンビア(British Columbia)州に抜けて、バネット湖(Bannett Lake)に至り、ここで船を作ってユーコン河をドーソンまで500マイル下るものです。しかし、米国とカナダの国境にはホワイトパス(White Pass)やチルクートパス(Chilkoot Pass)といった険しい峠があり、人も物資もこれらを越える必要がありました。とりわけチルクート峠は馬を通さず、物資は人間が背負って越えました。物資は食料、衣類、毛布、テント、トランクなどですが、なかにはボート、橇、ビアノなど不定形のものもあったそうです。峠を越える人夫賃は当初1ポンド当たり12セントでしたが、後に38セントの跳ね上がりました。峠の登り口には秤が設置され、1回で峠を運び上げられる重量を測りました。大部分の人達はここで余分と思われる物資を1/10以下で叩き売り、峠を運び上げるのを諦めたといいます。チルクート峠の登り道はいつしか「金の階段Golden Step」と呼ばれるようになりました。女性や子供も黙々と歩き続けなければなりませんでした。

 米国とカナダの国境ではカナダの北西騎馬警官(The Northwest Mounted Police)が、入国者の荷物が充分に冬を越せるだけあるのかどうかをチェックしました。1897年秋にやっと峠を越えてユーコンを目指した人達は、すでにユーコン河が結氷していたために、止むを得ずバネット湖畔にテントでキャンプして翌春を待たねばなりませんでした。

  【写真】

荷物を背負ってチルクート峠に向かう人々(1898年4月)

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Re:ユーコン砂金物語(5) ゴールドラッシュ開幕

momo3(2003/10/12 09:45:25)


 わたしもSkagwayからWhite Passを越え、Carcrossからホワイトホースに行きました。それも2度も。(^^) 別にこのクロンダイクルートにあこがれて、と言うわけでは無く、White PassからCarcross間がいいと聞いたからなのですが、結果的にはドーソンまでのこの歴史的なルートをほぼ辿ることになりました。風景は確かにきれいなところでした。SkagwayCarcrossは昔の町並みに似せた観光客用の町になっています。

 このコース、今は整備された道路があるので楽なのですが、当時、道の無いところを進んだと言うのは、命がけの冒険だったでしょうねー。このあたりの苦労も舞台になっている「荒野の呼び声」と言う小説があります。作者自身もこの冒険に参加した一人みたいですから、なかなか迫力があります。このあたりに興味のある方にはお勧めです。現在、Chilkoot Passの方は人気のトレッキングコースになっています。

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Re:ユーコン砂金物語(5) ゴールドラッシュ開幕

wildfire(2003/10/12 23:09:15)


 ユーコン砂金物語、楽しく拝見しています。「荒野の呼び声」の舞台だったのですね。この小説はずいぶん前に読みましたが、印象に残っています。当時は犬を飼うなら、バックという名前にしようと思っていました。ある時親戚が、もらい受けた犬をバックと呼んでいたので尋ねたところ、前の飼い主が「うしろさん」というお名前だったとか・・・お粗末でした。

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荒野の呼び声

五味(2003/10/12 23:44:25)


 ユーコンの砂金掘り師やトラッパー達は必ず犬を連れています。やはり荒野でのキャンプ生活には癒しの動物がいて欲しいのと、熊が出没するときには吼えて警告してくれます。それに冬には橇も引いてくれます。ホワイトホースではシベリアン・ハスキーを飼っている家が多く、冬には犬橇レースが行われていました。

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Re:ユーコン砂金物語(5) ゴールドラッシュ開幕

五味(2003/10/12 23:37:22)


 私はホワイトホースからスカグウェイに3回ほど行きました。当時スカグウェイにはユーコン準州のファロ鉱山から産出する亜鉛精鉱の積み出し設備があり、2万トンクラスの鉱石運搬船が日本や韓国へ亜鉛精鉱を輸出していました。1991年6月にスカグウェイから鉄道(ホワイトパス・アンド・ユーコン・ルート)に乗って、カナダ側のフレイザーまで往復しましたが、残雪を頂いた山脈の景色が素晴らしく、非常に印象に残りました。御存知のように、この鉄道はゴールドラッシュを機に敷設されたものですが、当時の鉄道土木工学の粋を集めて苦労して完成しました。近々書き込みでも触れたいと思います。

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Re:ユーコン砂金物語(5) ゴールドラッシュ開幕

momo3(2003/10/13 11:53:57)


 ホワイトパスの鉄道からは、いい眺めだったでしょうね。アメリカ側は狭い谷間で急傾斜。カナダ側は湖の点在する開けた谷間で、本当にきれいなところでした。アメリカ側は標高差1000mで距離20km、上りは自転車だとなかなかいい運動ですが、鉄道で上って、帰りは自転車で下る、と言う、やけに楽そうなツアーもあったみたいでした。

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カークロス付近

五味(2003/10/13 17:33:05)


 momo3さま、確かにスカグウェイからホワイト峠までは荒々しい急峻な景色ですが、カナダ側は平原で対象的です。きっとゴールドラッシュでやってきた人々も峠を越えてほっとしたことでしょう。秋には紅葉が美しいところでもあります。

 カークロス近くにも金鉱床がいくつかありました。しかし、グリズリーも多いところらしく、私の知っている地質コンサルタントは顔中縫跡だらけで、まるでブラックジャックみたいでした。しかも片目が歪んでいました。この近くで一人で地質調査中にグリズリーに出会い、頭を引っ掻かれたとのことでした。幸い無線機を持っていたために、ヘリコプターで助けを呼んで病院に搬送してもらい、九死に一生を得た、そのとき木に登ったが、熊も上手に登るので役にたたなかったといっていました。

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Re:カークロス付近

momo3(2003/10/13 20:35:33)


 やはりCarcross近辺にもグリズリーがいましたか。それも知り合いが被害を受けていたとは。でもその状態にまでなってから、解放してくれたのは、運が良かったと言うべきでしょうか。大人のグリズリーは爪の形のせいで木に登りにくいと言う説もあるみたいですが、登ったとしても全然不思議ではないですね。

 カナダは基本的に銃は禁止なのでしょうが、そういう山の中に入る調査の時だと、本当は銃を持って行きたいでしょうね(アラスカだと子供が狩猟してたりしましたが)。わたしもこの近辺で熊の糞を確認したことがあります。そういう時のキャンプは普段以上に熊が気になります。熊さえいなければ北米でのキャンプも快適なんですけどねー。

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Re:カークロス付近

五味(2003/10/13 23:04:39)


 熊は本来は臆病な性格で、余程でなければ襲ってこないといわれています。しかし、食べ物の匂いにつられて来てしまい、トラブルを起すというというのが実情ではないでしょうか。あれだけの巨体を維持するため、絶えず食べ続けなければならないときに、残飯は最高のご馳走となってしまします。キャンプでは匂いのでる材料は極力使わない、なるべく残飯や匂いを出さないように調理する、どうしても出た残飯は焼却して深く埋めるなど、対策が必要となります。

 熊に遭遇ときは、たいていの場合脅かすと逃げますから、極力追い払うことです。射殺するのは何度もキャンプにやって来る場合などに限られることになります。しかし、とっさに射殺できるかどうか判りませんし、射殺し切れないときは非常に凶暴になり極めて危険といわれます。キャンプでは次のような順序で対応することになっていました。幸い㈰のみで、それ以上には対応しなくて済みました。

 ㈰ベアバン(ペンシル型で先端に火薬が仕組まれていて、発射すると破裂音と煙で熊を嚇かす)で追い払う。

 ㈪ベアスプレー(刺激臭があり臭覚と視力を一時的に弱める)で風上から追い払う。使ったことはないが、実際は熊の至近距離で使用することになり、本当に怖いと思う。

 ㈫ショットガンで動きを止め、マグナム拳銃で止めを刺す。カナダでは銃の所持には厳しく、拳銃は所有者のみが期間限定の許可制でしか使用できませんでした。

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Re:カークロス付近

momo3(2003/10/14 21:02:16)


>熊は本来は臆病な性格で、余程でなければ襲ってこないといわれています。


 そうですね。それが熊の基本的な性格なのでしょうね。山歩きの時も、こちらの存在を音で知らせておけば、熊の方が避けてくれると言うことだと思います。でも、一方で熊は相当に知的な動物で、それに伴って人間同様に性格も色々、中には凶暴なのや根性の悪いのがいるかも知れず、そういうのに当たる可能性まで考えると、なかなか安心は出来ません。

 色々な性格の熊の中で、一度やけに純情な熊と出会ったことがあります。キャンプ場で夕食を食べていたら、なんか変な感覚があって見てみたら茶色の熊がわたしのサイトの駐車スペースまで来ていました。その熊は下を向いてたのですが、「こらこらあっち行け」と声をかけたら熊が顔を上げ、目と目が合いました。次の瞬間、熊は「ヒェー」と言う感じで必死になって逃げて行きました。こっちも相当びっくりしたのですが、向こうはそれ以上にびっくりしたみたいでした。(^^) こんなかわいい性格の熊ばかりなら助かるんですけどね。

 熊対策ですが、わたしも夕食の匂いには特に気を使っています。ブッシュキャンプでは基本的には夕食の場所とキャンプの場所を変えるようにしています。

 ベアバンと言うのは聞いたことはありますが、その脅しが逆効果にならないかと言うのも少し心配です。多分、距離がある場合に使うのでしょうね。次回はこれも検討してみようと思います。ベアスプレーは常に持っていましたが、確かに、至近距離まで引き付けてから発射出来るかどうかは自信無いですね。植村さんが白熊に接近された時に発射したら寒さで充分飛ばずに落ちてしまったのですが、白熊がそれを舐めてしまい、辛さで逃げていったと言う話も聞きました。よく出来た笑い話かも知れませんが。(^^;)

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熊撃退グッズ

五味(2003/10/17 01:11:35)


 秋のユーコンはあっという間に冬になってしまうので、冬眠する熊にとって一日の食べ物は非常に重要です。野山の棘だらけの野葡萄も何十キロも食べないと死活問題です。だからキャンプの残飯は量は少しでも彼らにとってたいへんな御馳走で、人間に接することも辞さないでキャンプに近づいてトラブルを起すのだと思います。残飯を残さないばかりか、臭気にも気を使い、キャンプを移動することも時に必要だと思います。


>ベアバンと言うのは聞いたことはありますが、その脅しが逆効果にならないかと言うのも少し心配です。


 最初は音と閃光で逃げましたが、同じ熊だとだんだんに慣れてきて、利かなくなります。


>ベアスプレーは常に持っていましたが、確かに、至近距離まで引き付けてから発射出来るかどうかは自信無いですね。


 私も自信がありません。たまたま熊に遭遇したときに風上にいれば良いのですが、それでもちゃんと安全ピンを抜いて、噴射できるのか、まったく判りません。丸腰よりは良いですが。

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ユーコン砂金物語(6) ゴールドラッシュのピーク

五味(2003/10/11 18:13:16)


 チルクート峠やホワイト峠を越えた、カナダ側のベネット湖畔やリンダーマン(Linderman)湖畔には2万人がボートを造って氷融けを待って越冬していました。これ らのボートの大部分は付近の森林から切り出した材木を鋸で製板し、冬の間に作ったものでした。1898年5月29日に氷が融けだしたため、一斉に湖に乗り出しました。北西騎馬警官が数えたボート数は7,124艘でした。

 米国本土から荷物運搬のために連れて来られた馬や驢馬は、酷使されたり飼料を充分与えられず、1897年の秋に3000頭が死にました。死体はスカグウェイ近くの「死の馬の谷(Dead Horse Canyon)」に捨てられました。慢性的に馬が不足したため、シアトルで15ドルの馬はユーコン準州では600ドルで取引されました。

 米国ミネアポリスの市長だったジョージ・ブラケット(George Brakett)は馬車道路を整備するために30万ドルの資金を手当てし、1897年11月にスカグウェイから工事を開始しました。しかし事前に充分に測量しなかったので計画どうりに工事が進まず、8マイル完成しただけで資金が尽きてしまいました。ブラケットはやむを得ず馬車10ドル、歩行者1ドルの通行料金を徴収しますが、誰も払おうとしなかったため、とうとう破産してしまいました。

 ユーコン準州では押し寄せる人数に対し圧倒的な物不足が続きました。シアトルでは4部屋付きアパートが週1.25ドルでしたが、ドーソンでは一番安い小屋が一部屋25ドルでした。ウイスキーは1本40セントでしたが、同じ量の新鮮な牛乳は2ドルで売られました。シアトルで豆1ポンド13セントのコーヒーは、ユーコン準州では1杯50セントでしか飲めませんでした。チルクート峠の登り口の茶店は、1杯のコーヒーとドーナッツのセットを1ドルで売りました。

 玄関口として急速に発展したスカグウェイでは治安が悪くなり、砂金や積荷の窃盗、いかさま賭博場の経営などを行う無法者集団が現れました。当時はアラスカ州まで電信線が通じていなかったにも拘わらず、彼等はスカグウェイに偽の電信局を開局し、10単語5ドルで米国向け電信を扱いました。依頼者の電信の文面から、どのくらい砂金を持っているのかを推測し、港で盗んでいました。1898年4月3日早朝にチルクート峠で大規模な雪崩が発生、数百人が埋まり、このうち63人が亡くなりました。  

 結局、ゴールドラッシュで約10万人がドーソンを目指しましたが、実際にドーソンに辿り着いたのは3万人ないし4万人といわれ、このうちの半数が砂金を探査したに過ぎませんでした。そして4千人程が何かしらの砂金の徴候を発見でき、数百人のみがまずまずの成功といえる量の砂金を採集できたといわれています。1898年に採掘された砂金の価値は1,000万ドル以上でしたが、人々が探査のために費やした費用は6,000万ドルに上ると推定されています。

  【写真】

 ユーコンへの玄関口だったスカグウェイ

  【写真】

 「死の馬の谷」に捨てられた馬や驢馬の死骸

  【写真】

 チルクート峠の「金の階段」を登攀する人々

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ユーコン砂金物語(7) ホワイト・チャンネルの発見

五味(2003/10/13 00:02:59)


 1898年にドーソンは人口3万人を数え、シアトルから北、エドモントンより西で最も大きな町となりました。ユーコンはそれまで単に北西準州のユーコン地方であったものが、準州として行政的に分離されます。

 クロンダイク河流域ではボナンザ、エルドラド、ビクトリア(Victoria)、アダムス(Adams)、マクコーマック(McCormacks)、レディ・ブリオン(Ready Bullion)、ナゲット・ガルチ(Nugget Gulch)、ベア(Bear)、ベイカー(Baker)、チーチャウカ(Chee-Chaw-Ka)、ハンカー河流域ではメイン・フォーク(Main Fork)、ハンカー、ゴールド・ボトムなどが豊富な砂金地として知られました。これらはいずれも低地砂礫(Low Level Gravels)中の砂金鉱床で、河川の大きさに応じて、渓流砂礫(Gulch gravels)、小渓砂礫(Creek gravels)、河流砂礫(River gravels)などと呼ばれました。

 シアトル出身のオリバー・ミレット(Oliver Millett)は、砂金掘りに関しては素人でしたが、旧河川の河筋を注意深く推定した結果、砂金を掘っていた河川よりも高い位置のチーチャコ・ヒル(Cheechako Hill)で砂金を発見しました。これは中位置の砂礫層(Intermediate level gravels)で、段丘砂礫(Terrace Gravel)の階段鉱床(Bench Deposit)と呼ばれました。1897年、エルドラド・クリークから標高差数百フィートも高いところにあるフレンチ・ヒルのホワイト・チャンネル砂礫層(White Channel Gravels)から、スカンジナビア人のナザン・クレスゲ(Nathan Kresge)とネルス・ピーターソン(Nels Peterson)によって、砂金が発見されました。これは高位置の砂礫(High level gravels)で厚さ60cm、最大3mありました。当初これらの鉱床には鉱区さえ設定されていませんでしたが、鉱量が豊富(1,000万立方ヤード(760万立米)以上)なために、やがてクロンダイクの産金量の大半を占めるようになりました。従来の考え方にとらわれず、新しい発想での探査によって一見単純な砂金鉱床でさえも新鉱床が発見された例です。

 段丘鉱床は坑内掘ではなく、モニターによる水力採掘法によって採掘されました。水力採掘法はノズルから圧力水を砂礫層に噴射させ、掘削、運搬、水洗、分級を行うもので、かなり高いところから豊富な用水を引く必要がありました。1ポンド(454グラム)の砂礫を水洗するために水1.5ガロン(3.8リットル)が必要で、砂金掘り師たちはクリークからポンプで揚水していましたが、1909年には70マイル離れた12マイル河からの用水路が完成しました。1900年にはユーコン準州からの砂金産出量は37トン、価値で2,200万ドル以上に達し、ピークを迎えます。


 オール・ゴルド・クリーク(All Gold Creek)の水力採掘操業

  【写真】

 スルースによる操業形態の模式図

  【写真】

 クロンダイクから採集したナゲットを見せ合う砂金掘り師たち

  【写真】

 エルドラド・クリーク産の砂金結晶 1目盛=1mm

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初心者のつぶやき

内府(2003/10/13 08:56:29)


 はじめまして、最近砂金採りをはじめました内府と申します。友達に誘われ、しぶしぶ(?)はじめたのですが、数ヶ月たった今は私のほうが夢中になってます。私は群馬県に住んでおり、近くを流れている鮎川や南牧川の岩盤の下や草を引っこ抜いたりしてみるのですが、粒と言えるほどの物はまだ採れず、途方にくれています。何か分かりやすいコツのようなものがあったら教えていただきたいのですが、お願いできますでしょうか・・・。

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Re:初心者のつぶやき

小林(2003/10/14 11:58:59)


 初めまして、小林と申します。大きな砂金を採りたいと、砂金掘りを趣味とする者なら誰でも思います。しかし、なかなか大きなものには出会えません。私が採ったものでも5mmぐらいのものが最大です。大きな砂金がどこにあるか、私にもわかりませんが、一般的には産地により大きなものの多い場所がありますね。そんな場所で掘ってはどうかなぁと思います。でも、大きなものが見つかるかどうか、それは寄せ場を見つける眼力と運次第ではないでしょうか。残念ながら私にはその眼力がないのでこれ以上はいえません。自分が大きな砂金になった気持ちで、どんな場所に留まるか、考えてみるのもいいのではないでしょうか。

 北海道から戻って、一度も砂金掘りに行っていません。禁断症状が出はじめそうです。今週末には、どこかに行かないと・・・・。九州方面にでも行ってみようかな!!

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Re:初心者のつぶやき

内府(2003/10/14 15:21:38)


 お返事ありがとうございます。5mmもの砂金が取れたらうれしいですね。うらやましい。私はまだあるのかないのか、または砂金なのかどうなのか、という程度のものしかお目にかかっていません。やはり場所を見る眼力が大きいんでしょうね。

 場所といえば、穴はやはり深く掘ったほうがいいんでしょうか。流れがあったりするとなかなか深く掘れなくて・・・。今度はなるべく深く掘って見ます。めでたく採れたら、またご報告します。

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そちらは詳しくないですが。

kita(2003/10/14 15:15:47)


 コツはありますが川や場所によって違いますし、簡単ではないので一般的なことを書きます。

 始めて数ヶ月だそうですが、最初は名の知れた場所に行くのがいいと思いますよ(その辺だと長瀞とかになるんでしょうか)。有名な所は絶対量が多く初心者でも比較的採りやすいですし、通っていれば他に砂金採りをしている人と出会う事もあるでしょう、上手く出会えれば人によっては話しを聞いたり作業を見せてもらうことも出来ると思います、それを真似てもいいですし自分なりに工夫してもいいでしょう、現場で見ることが上達の近道です。

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Re:そちらは詳しくないですが。

内府(2003/10/14 16:10:22)


 お返事ありがとうございます。そーなんです。経験者の方とご一緒したいと思っているんですが、まだ出会えません。といってもまだ5〜6回しか行ってませんけど。いつか出会えたらいいですねー。

 実は南牧川というのは大森電気さんのHPで「粒は小さいがいくらでも採れる」と書いてあったのでウキウキして行ったのですが・・・、空振りでした。しかし岩盤が多く、色々なHPに岩盤の下などに多くあると書いてあり、さらに大森電気さんが実際に採っておられるということで、ないわけではないと思うのでまた挑戦して見たいと思ってます。でも長瀞もよさそうですね。行って見ます。

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下仁田、南牧

大森(2003/10/14 16:53:12)


 南牧は上流の川沿いに大黒鉱山という金を掘っていた坑道があったそうです。そのため、砂金の中にもアルマガムが混ざってくることがあります。また、私の先入観かも知れませんが輝安鉱を伴うところでは、あまり大きな砂金は出た試しが有りません。

 実際、川を見ていただいたのなら、分かったかも知れませんが、この川の基盤岩はかなり硬質でクラックがあまり発達していないため、砂金の集まる場所を探すのは河原を大分歩き回ることになります。南牧に関しては良いクラックを見つけることが、採集の成果を決定するようです。もし、掘り下げをするときは基盤岩に当たるまで掘る必要がありますが、なかなか容易ではありませんので試したことはありません。鏑川になると砂金は粉末タイプばかりになりますが草の多い所の堆積砂から数が出るうえ採集が容易なようです。

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Re:下仁田、南牧

内府(2003/10/14 18:00:02)


 もしかして大森電器さんでしょうか。はじめまして。勝手に引用してしまってすみませんでした。さらに先ほど確認したらあんなこと書いてありませんでした。ほかの何かと混同してしまったようです。重ねて申し訳ありません。

 改めて、お返事ありがとうございます。南牧川は下仁田の町中のちょっと上、作りかけの橋のようなものがある場所で試して見ました。大きな岩がたくさんありましたが、なるほどクラック(亀裂のことですよね)はかすかにあるだけで深いものはなかったようです。今度は深いクラックを探して見ます。鏑川や長瀞にもぜひ行ってみたいと思います。もちろん荒川も。どこかでご一緒できたらいいですね。ご丁寧なアドバイスをありがとうございました。またよろしくお願いします。

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Re:下仁田、南牧

原澤(2003/10/15 00:09:38)


>南牧は上流の川沿いに大黒鉱山という金を掘っていた坑道があったそうです。


 私の持っている資料では大黒鉱山は、上野村の神流川沿いのように出ていました。神流川に調査に行き、5カ所ほど「ここは」と思う場所に入りましたが、どこをどう掘っても気配もありませんでした。資料によっては、大水鉱山とか砥沢鉱山と呼ばれているところが大黒鉱山なのでしょうか。それならば、神流川の敗因が納得できるのですが。

 大黒鉱山と同じように鏑川沿いの西牧鉱山や八幡鉱山も金を産出していたらしいのですが、ただいまのところ1敗です。


>また、私の先入観かも知れませんが輝安鉱を伴うところでは、あまり大きな砂金は出た試しが有りません。


 私は、ラッキーでした。草根引きで長径約5mmのものを採集できました。私の一番大きい砂金です。

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Re:下仁田、南牧

大森(2003/10/15 07:52:50)


 原澤さん、先日はお世話になりました。大黒金山については日本地方鉱床誌関東地方に記載されています。それによると第三記凝灰岩、または粘板岩中の金銀石英脈鉱脈で黄銅鉱、黄鉄鉱、輝安鉱、閃亜鉛鉱、自然金、石英よりなり金品位は低いとのことです。天沼や根羽沢と同じ浅成鉱脈だということです。それにしても、細かい物が大半を占めるこの川で5ミリは驚きました。

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Re:下仁田、南牧

原澤(2003/10/15 23:40:42)


 ありがとうございます。やはり、よい資料をお持ちですね。浅成鉱脈というのは浅いところで生成した鉱脈と言う意味でしょうか。深いところで高い温度で生成した熱水鉱脈のほうが金品位も高そうですね。

 根羽沢は資料によっては銀が主体の銀山のようにもでていますが、何とか、砂金を出してみたい所です。とりあえずは、金山史研究に出ている群馬県内の金山を制覇するのが、目標です。今後とも、知恵と情報をお貸しください。

 駐車スペースがなかなか見つからず、偶然止めたところの下の河原によい岩盤が出ていての結果です。興奮しました。内府さんにも成果を出してあげられるとよいのですが。

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Re:初心者のつぶやき

原澤(2003/10/14 17:51:42)


 内府さん 初めまして。同じ群馬県の原澤と言います。砂金歴はまだ10か月ほどです。鮎川は一度入ったことがありますが、一粒も採集できませんでした。南牧川は相性がいいのか、粒の大きさも数もかけた時間の割には満足しています。時間が合えば、ご一緒したいと思いますが・・・。ちなみに、土日の休みです。メールで連絡を取り合いましょう。

 砂金がとれないのは、砂金のたまるポイントの選定、砂の採り方、パンニングの仕方のどれかが十分でないのかもしれません。個人的な見解ですが、大森さんのインプレッションやkitaさんのHOW TO、野村先生の砂金教室はすばらしいもので、市販されている本など足元にも及ばない内容のものだと思いますので、参考にされてはいかがでしょうか。きっと、よい示唆を与えてくれると思いますよ。

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Re:初心者のつぶやき

原澤(2003/10/14 18:13:22)


 失礼しました。大森さんのページを参考にされてたようですね。老婆心でした。

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Re:初心者のつぶやき

内府(2003/10/15 07:59:27)


 お返事ありがとうございます。こんなところにも群馬の方がいらっしゃったんですね。非常にうれしいです。ぜひご一緒させていただきたいと思います。ただ、私は自営業の貧乏ヒマなしですので、時間の折り合いがどうかと思うんですが、前もってお約束できれば日曜日ならあけることができると思います。近いうちにメールでご連絡させていただきます。

 場所は・・・やはり南牧川?・・・、5ミリは魅力ですから。希少であればなおさら(そんなこと言ってるからだめなのかもしれませんが・・・)。

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ユーコン砂金物語(8) ドーソン・シティ

五味(2003/10/13 17:50:29)


 ドーソンはクロンダイクの中心地として発展しました。一時は3万から4万人の人口を擁し、シアトルほどではないにせよ、バンクーバー(Vancouver)より大きな町でした。ドーソンの名前は、カナダ北西準州とアラスカ州の境界の測量に実績のあった地質技師、ジョージ・ドーソン(George Dawson)に因みます。

 ドーソンを実質的に開発したのはジョー・ラドゥ(Joe Ladue)という探鉱者でした。彼は比較的早くユーコン準州に来たのですが、それまでの経験から、ブームには砂金を掘るよりも不動産のほうが儲かると考え、鉱区を設定するよりも土地の権利を購入しました。当時、政府所有が22エーカー(27,000坪)に過ぎなかったのに対して、ラドゥは160エーカー(196,000坪)の土地を所有していました。それから製材設備を筏で運び上げ、土地区画とともに材木を売りまくりました。1898年5月にユーコン河の氷が融け、早くも6月にはベネット湖を発った人々が小さなボートで次々と到着しました。人々は最初テントに住んでいましたが、1896年9月1日に最初の1軒が建てられ、その後の6箇月で500軒以上が建てられました。最初の区画は5ドルで売られましたが、それが25ドルになり、やがては300ドルまで跳ね上がりました。一時期には角地は4万ドル、川沿いは2万ドルにもなったといわれます。

 町にはすぐに新聞社、パン屋、雑貨屋、洋服屋、煙草屋、鍛冶屋、賭博場、そして22以上のサロンやダンスホールが出来ました。製材所が6工場できましたが、いくら製材しても需要に追いつくことはできませんでした。商業銀行が開設され、砂金を現金に交換するため、紙幣100万ドルが運び込まれましたが、たったの2週間しかもちませんでした。当時の法律では銀行が7%以上の利率で貸し付けることを禁じていましたが、実際にはドーソンでは24%以上で貸し出されていました。

 砂金採取や商業で成功した人々と、そうではない人々の生活の差は激しく、成功した者は朝食にシャンパン、キャビア、オイスターを食べ、優雅に午後の紅茶を飲み、ダンスやカードを楽しみました。一方、多くの人々が泥だらけの作業着をまとい、1日3食を豆で済ませ、こつこつと砂金を掘り続けました。しかし、せっかく稼いだ砂金も、賭博上やダンスホール、サロンで使い果たし、無一文に戻る人も多くいたといわれています。

 こうした一見無秩序に見えるドーソンでしたが、法と秩序を遵守する目的で早い時期から北西騎馬警官が駐在しました。一時住人の殆どが米国人でしたが、ユーコン準州はカナダ領であり、カナダ法規に基づき拳銃の所持は禁止されていました。

 クロンダイル・ケイト(Klondike Kate)こと、カスリン・ライアン(Katherine Ryan)は1869年カナダ東部のニューブランズウィック州の出身で、後にシアトルに出て看護士になり、女性としてゴールドラッシュに参加した稀な存在でした。バンクーバーのハドソンベイ会社へ装備一式を買いに行ったところ、「単独でクロンダイクを目指すような勇気ある女性は、ハドソンベイ会社が援助するに値する。」といって装備提供を惜しまなかったといわれます。彼女はクロンダイクで3鉱区設定しますが、結局、女性で最初の北西騎馬警官になり、鉱区料として砂金を徴収(当時の鉱区料は1年間5,000ドル以上産額があたっとき、10%を納税する仕組みで、多くの砂金掘り師は砂金で納付しました)したり、留置所を管理したり、レストランを経営したり、政治的にも大いに活躍しました。バーで乱闘して唇を破り取られたスウェーデン人を、直ちにテーブルの上で縫合手術した話は有名です。

 急激に発達したドーソンでは上下水道、病院、消防などの公共施設が需要に追い付きませんでした。医者はいましたが、診察料は200ドルもしました。厳寒での暖房のために裸火を使うことが多かったため、1897年から毎年のように失火により大火が発生しました。しかし、役場ができ行政が整えられ、外界との交通手段が改善されるに従って、ドーソンの町としての体裁が整っていきました。

  【写真】

ボナンザ・クリークのグランド・フォークスにあったマグネット雑貨店。

 ペンシルバニア出身のベリンダ・マルルニー(Belinda Mulrooney)が砂金掘り師相手に始めた店で、場所柄から周囲は彼女にドーソンで商売するように薦めたが、敢えて砂金地で開店したため繁盛を極め、彼女は非常に裕福になったといわれる。

  【写真】

クロンダイク・ケイト。

 本物の「クロンダイク・ケイト」は北西騎馬警官であったカスリン・ライアンである。ダンスガールであったケイト・ロックウェル(Kate Rockwell)がこのニックネームをとり、現在では彼女の名前としてのほうが知られるようになってしまった。

  【写真】

 ドーソンではサロンやダンスホールの女性からの失火が続いたため、そうした女性達の建物は郊外の一箇所に集められた。

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ユーコン砂金物語(9) 整えられる交通網

五味(2003/10/13 17:57:49)


 1897年から始まったゴールドラッシュで最も切実な問題は、人と物資の輸送でした。とりわけチルクート峠やホワイト峠を越えて人馬で運搬する方法では、運搬量も制約があり時間もかかりました。そこでゴールドラッシュの早い時期からスカグウェイから鉄道をユーコン準州内まで引くアイデアがありましたが、国境付近の険しい山岳部をどう敷設するのかという技術的な大問題がありました。

 1898年英国投資グループのトーマス・タンクリード卿(Sir Thomas Tancrede)とカナダ太平洋鉄道を敷設した工事請負業のミカエル・ヘニー(Michael Heney)がスカグウェイで会い、スカグウェイからユーコン準州のホワイトホース(Whitehorse)まで鉄道を引くことを決心しました。1898年4月に現在のホワイトパス・アンド・ユーコン・ルート会社(WP&YRThe White Pass & Yukon Route)が設立され、測量が始まりました。測量の結果、ルートはホワイト峠越えと決定、狭軌で敷設することとし、1898年5月28日にスカグウェイ側から順次線路が延ばされました。当時はまだ米国とカナダの国境がきちんと決められておらず、途中に政治的な問題も生じました。

 僻地であるため、圧倒的に労働者が足りませんでしたが、クロンダイクに行くことを断念した人々や、砂金を見つけられなかった人々が、米国本国へ帰る船賃稼ぎのために集まったため、何とか切り抜けました。10時間労働で日当10ドル、工事現場での宿泊は無料ですが食費は実費、酒類は厳禁という規則でした。一日に700人から2,000人が働きましたが、零下30〜60℃の厳冬のなかで人力を主体とした工事は遅々として進まず、WP&YR会社をもじって「Wait Patiently and You’ll Ride.(辛抱して待てば乗れる)」という冗談まで囁かれました。難関はトンネル・マウンテンの発破工事と、ユーコン準州側の原野の永久凍土の掘削でした。1899年7月6日、遂にベネット湖までの40マイルが開通、ようやく1900年7月29日ホワイトホースまでの110.4マイルが全通しました。鉄道土木技術の粋と難工事、そして1,000万ドルをかけて完成した鉄道は、しかし、鉄道が開通した時にはゴールドラッシュがすでに終わり、結局は目的に間に合わせることができませんでした。

 ホワイトホースからドーソンまでの460マイルは外輪の付いた河川蒸気船が就航しました。乗客100名、貨物300トンを運び、下降に1.5日、遡上に4.5日から6日を要しました。スカグウェイからドーソンまでの往復運賃は1908年に100ドルで、ユーコン河が結氷する間は馬橇が運航されていました。こうして第二次世界大戦で道路が出来るまで、クロンダイクへの交通は鉄道と河川を乗り継ぐ形として整えられていきました。

  【写真】

 ホワイトパス・アンド・ユーコン・ルート鉄道のトンネル・マウンテンを通過する列車

  【写真】

 ユーコン河の難所であったファイブ・フィンガーズ・ラピッド(Five Fingers Rapids)の急流を遡上する河川蒸気船ホワイトホース号

  【写真】

 アラスカ州西部のベーリング海に面したセント・ミカエル。多くの河川蒸気船がここからユーコン河を遡上して就航した。

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成果報告

wildfire(2003/10/13 21:36:21)


 今日は酒蔵「金滴」で有名な新十津川町へ行ってきました。朝からの雨のお陰で出発が昼前になり、約2時間ほど川で遊ばせてもらいました。

 初心者にしては上出来(かな)。数えてみると糠金含め約50粒でした。帰途morimoriさんの所へ伺いましたが、お仕事中にもかかわらず色々とお話ししていただき感謝です。益々砂金にはまり込んでしまいそうな私でした。それにしても、単車はさすがに寒かったです(笑)。

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ユーコン砂金物語(10) ゴ−ルドラッシュの終焉

五味(2003/10/14 23:49:12)


 1902年頃、それまで焚き火をして凍土を融かして坑内掘をしていた方法が、薪焚きボイラーによる蒸気に代わりました。また、竪坑巻上げや揚水にも蒸気動力が使用されるようになりました。こうした機械化の初期投資は6千ドルないしは7千ドルで、50から60立方ヤード(38〜46立米)の砂礫を処理するために約100ドル必要でした。クロンダイクの砂金採取は最早個人ベースでの稼行を終わり、次第に資本を要する会社組織へと変貌していきました。

 1905年には低品位の砂礫を大量に採掘、処理でいるドレッジャーが導入され、個人鉱区を統合していったため、砂金掘り師たちは次第にクロンダイクを離れていきました。最早個人が手掘りで採掘できるような高品位の砂金地は少なくなって、一度掘ったところが再び機械で掘られるといったところが次第に出てきました。1898年に隣のブリティシュ・コロンビア州アトリン(Atlin)で砂金が見つかり、1899年にはアラスカ州西部のノーム(Nome)で有名な浜砂金が発見され、こちらにも多くの砂金掘り師達が去っていきました。夢を追い続ける砂金掘り師にとって、クロンダイクは既に魅力的ではなくなっていたのです。

 ゴールド・ボトムの発見者であるロバート・ヘンリーもクロンダイクを去って、スティワート河(Stewart River)に移り、スコロジー(Scroggie)、バーカー(Barker)、ヘンダーソン(Henderson)、クリア・クリーク(Clear Creek)などの砂金地を発見しました。ユーコン準州の他の地方でも小規模ながら砂金が発見されます。1898年にはメイヨ(Mayo)地区のダンカン(Duncan)やダブリン・ガルチ(Dublin Gulch)、1903年にはユーコン準州南西のクラーン(Kluane)、1908年にはアッパー・スチュアート(Upper Stewart)などが発見されました。人口流出の結果、1930年代までにドーソンの人口は約1,000人に減っていきました。

  【写真】

 アラスカ州ノームでスルースを使っている砂金掘り師。こうした個人的な砂金掘りは、品位の低下と機械の導入によって次第にクロンダイクから去っていった。

  【写真】

チーチャコ・ヒル(Cheechako Hill

 ここで初めてオリバー・ミレット(Oliver Millett)により階段鉱床が発見された。

  【写真】

 ドーソン郊外に展示されているドレッジャーNo.4。

  【写真】

 ボナンザ・クリーク河口付近のドレッジャー操業による廃石の畝。

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笑ってコラえて

小林(2003/10/15 16:34:43)


 14日の19時からTBS系列放送の「笑ってコラえて」という番組で“北海道砂金の町”という番組案内が載っていました。この番組は見たことがないのですが、少し興味があります。砂金の町って、大樹町でしょうかね?

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Re:笑ってコラえて

kita(2003/10/15 17:15:59)


 今夜ですから15日ですね、場所は浜頓別町だそうです。タイトルからすると砂金掘りも紹介されそう。

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ユーコン砂金物語(11) 訂正と補足

五味(2003/10/16 00:54:16)


 (訂正)

 ユーコン砂金物語(5)ゴールドラッシュ開幕

 バネット湖(Bannett Lake)ではなくベネット湖(Bennett Lake)です。下は1898年春までここの湖畔で氷が融けるのを待った人々の張ったテント村の写真です。

  【写真】

 ユーコン砂金物語(6)米国本土に金塊到着

 1897年7月14日にエクスセルシオール号でシアトルに到着した砂金掘り師が持ち帰ったのは、熔解した金塊ではなくて、実際には砂金でした。ナゲットは大きなものはヘーゼルナッツ大、小さなものは細かい砂金に至るまで、無造作にポケットやたばこ缶、カンバスバック、木箱、紙片に包まれたりして運ばれてきたといわれます。

 ゴールドラッシュに人々を惹き付けたきっかけとして次のような話があります。

 シアトルのニルス・アンダーソン(Nils Anderson)は1895年の夏に、シアトル郊外の伐採の仕事にありつけなかったため、300ドルを借りてクロンダイクに行きましたが、妻に何も言わずに去ったので、何人もの幼子を抱えて妻は途方に暮れました。ある日何気なく港に行ってみたら、そこには重すぎて友達に手伝ってもらいながら11万2,500ドル分の砂金を携えた夫が立っていました。アナコーツのウィリアム・スタンレイ(William Stanley)は妻に12ドル残してクロンダイクに旅立ちましたが、ある日突然に夫から、もう洗濯は止めて好きなものを買いなさい、という電報が舞い込みました。しばらくして夫は9万ドル分の砂金を持って帰ってきました。

  【写真】

 ドーソンのアラスカ商業会社倉庫から運び出された熔解した金塊と砂金袋計1.5トン。


(参考資料)

 ユーコン砂金物語を書き込むに当って、次のような資料を参考にしました。

Basque, Garnet (1983): Method of Placer Mining. Mr. Paperback.

Basque, Garnet (ed.)(1983): Lost Bonanzas of Western Canada. Sunfire Publications Limited.

Cohen, Stan (1980): White Pass and Yukon Route, A pictorial history. Pictorial Histories Publishing Company, Inc.

Cohen, Stan (1982): Yukon River Steamboats, a pictorial history. Pictorial Histories Publishing Company,Inc.

Grice, Joel D. (1989): Famous Mineral Localities of Canada. National Museum of Natural Sciences.

Morgan, Murray (1967): One Man’s Gold Rush. University of Washington Press.

Placer Mining Section, Indian and Northern Affairs Canada (1991): Yukon Placer mining Industry 1989-1990.

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大変勉強になりました

大森(2003/10/16 18:54:22)


 ユーコンの砂金物語、とても参考になりました。よく、浜頓別のウソタンナイはよく『東洋のクロンダイク』と呼ばれいましたが、アラスカやユーコンという名前は知っていても何故クロンダイクという言葉が使われたのか今までよく分かっていませんでした。ウソタンナイは単に砂金が多いというだけでなく、それを目指して一攫千金を夢見た多くの人々が集まり、成功するものと失意のうちに終わるものと様々な人間模様があったということがクロンダイクに例えられたのでしょうね。長い文章と要約、お疲れさまでした。

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まだ続きます

五味(2003/10/16 20:50:54)


 大森さん、読んで頂きましてありがとうございます。少しずつ、現在(といっても1990年ころ)の砂金採掘操業の様子とか、砂金の回収に関わる資料の要約とか、ユーコン砂金物語を続けていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

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ユーコン砂金物語(12) ノームの浜砂金

五味(2003/10/16 20:54:10)


 アラスカ州ノームはクロンダイクから遠く離れていましたが、既にクロンダイクの有望地には鉱区が設定されていたため、多くの人々がノームに移っていきました。ここの砂金は段丘層の砂利とその海岸側に広がる海砂に砂金を含む浜砂金(Beach placer)で、1899年に3人のスウェーデン人がアンビル・クリーク(Anvil Creek)の段丘層で砂金を発見したのが始まりです。ここから1日に砂金1,800ドル分が採取されたという噂が広まり、ドーソンで何も見つけられなかった人々は二回目のチャンスとばかりにノームに殺到しました。実際にはひと夏で1,800ドル分が採取されたのですが、情報は誇張されて伝わりました。

 浜砂金そのものは、たまたま1899年春に外洋船を待っていたジャック・クルニン(Jack Clunin)が、何気なく海岸の砂を掘って赤色層をパンニングしたところ、思いがけず細粒の砂金を発見したのがきっかけです。段丘層の砂金がさらに海岸に流れ出し、波浪で淘汰されたといわれています。この情報は、既にゴールドラッシュが下火になって、乗客数が減り始めたことを心配した船会社によって、瞬く間に広がりました。浜砂金であるため、険しい峠を登らずとも、あるいは広大な原野を横切らずとも、船に乗ったままで砂金地に行けるという宣伝がなされました。

 しかし実際にはノーム海岸は遠浅で、外洋汽船は何マイルも沖合に停泊して、乗客は艀で往復せざるを得ないばかりか、ベーリング海は荒れるために何日も待たねばなりませんでした。また、多くの船が砂地に座礁しました。

 ノーム海岸では鉱区を規定する法律がなかったため、一人がスコップの長さを採掘するという暗黙の了解がなされましたが、鉱区紛争が絶えませんでした。ユーコン準州はカナダ領であり、米国人は外国人であったことから、カナダの鉱業法規はよく遵守され、大きな紛争がなかったことと対照的です。また、カナダでは北西騎馬警官の献身的ともいえる活躍によって、僻地であるにも拘わらず、充分に治安が保たれたことが特筆されます。

  【写真】

 ノームの海岸風景

  【写真】

 ノームの浜砂金の採掘風景

  【写真】

 ノームに到着したU.S.メールの犬橇隊

  【写真】

 アラスカ州産最大のナゲット、182オンス(5.66kg)、ノーム、パイオニア・マイニング会社。ちなみにユーコン準州産最大のナゲットは2.64kg、世界最大はカリフォルニア州カーソン・ヒル(Carson Hill)産の72.78kgだった。

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ユーコン砂金物語(13) 砂金の源

五味(2003/10/19 16:59:32)


 クロンダイクの豊富な砂金鉱床は、いったいどこからもたらされたのかという問題は常に関心が払われました。しかし、世界の豊富な砂金鉱床の殆どが、砂金鉱床の豊富さが必ずしも初生鉱床の豊富さを表すものではないことを証明しています。カリフォルニア州でも豪州ビクトリア州でも、砂金をもたらした筈の含金石英脈が発見され、稼行されましたが、品位はかなり低いものでした。インカの黄金を供給したペルー・アマゾンの豊富な砂金の源はいまだに良く判りませんし、北海道ウソタンナイの砂金もそれに相当する豊富な鉱脈は見つかっていません。クロンダイクでは砂金の源は片岩中の石英脈にあり、そのものは含金がありますがその含金量ははなはだ不規則で、稼業すべきところはなく、天然淘汰を受けて初めてこのような豊富な砂金地が出来たものと推定されています。

 とくに中熱水鉱脈(いわゆる老脈)の金鉱床では、しばしば肉眼金が認められていかにも金品位が高いように錯覚しますが、実際には何も含まれない石英が大部分で、金鉱脈全体では10g/t以下の品位であることが多いのです。それで、金鉱床全体の品位と、そこから生じたと考えられる砂金の豊富さとは、必ずしもリンクしないと考えられています。

 近年、金価格が上昇したときに、低品位、大鉱量処理の鉱床を発見する目的で、クロンダイクの砂金をもたらした初生の金鉱床の探査が実施されましたが、結果は思わしくなかったということです。クロンダイクやユーコン準州の他の砂金地からは、しばしば結晶形を残すものや、ワイア状のものを産出しますが、これらは源から遠くなく、石英中に生じたものそのものが離脱したものと考えられます。

 ただ、西豪州のようにラテライト風化が進んだところでは、金は地下水中の塩素と反応して錯塩として移動し、コロイド状に沈殿しながら成長するということですから、場所と条件によっては砂金が成長することもあながち無いことではないのでしょう。

  【写真】

 クロンダイクのハンカー・クリーク、ダゴ・ヒル(Dago Hill)から産出した6面体の結晶砂金 1目盛=1mm

  【写真】

 クロンダイクのラスト・チャンス・クリークの15パプ鉱区(15Pup)から産出した、やや磨耗した結晶砂金 1目盛=1mm

  【写真】

 シストル・クリーク(Thistle Creek)のやや磨耗した樹枝状結晶砂金 1目盛=1mm

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初心者のその後・・・ビッグ・バン!

内府(2003/10/20 07:54:13)


 10月19日に、この掲示板で助け舟を出してくださった原澤さんと私の友人T氏とともに、南牧川に行ってきました。偶然にも私の空振った場所と原澤さんの5ミリの砂金を採った場所は同じところでした。原澤さんに指導を受け、私達の決定的な間違いは、砂を採る場所だということが分かりました。さらにパンニングに関しても、T氏はともかく、私は非常にいい加減だったようで・・・。

 そんな感じで原澤さんに色々と指導を受けながら3時間ほど砂金採りをしてみたのですが・・・すごいですね。出るわ出るわ。1ミリ程度の砂金が、パンニングをするごとにひとつふたつ・・・。結局私は全部で15粒以上、T氏は2.5ミリを含む大型の砂金が二つと小さいものが数粒程度でしたか。もちろん原澤さんも2.5ミリを含めて10粒くらいは採りました。私達の指導の合間にちょこちょこっと採っただけなのに同じくらい採るのですからやはり「師匠」と呼ばずにはいられません。

 いやしかし、ホントに昨日は溜飲が下がりました。いくらやっても採れないんじゃないかと思っていた砂金があれほど採れるとは・・・! 原澤さん、本当にお世話になりました。今後ともよろしくお願いします。私とT氏はあまりに根を詰めてやったので、腰をかなり痛めたようです。皆さんも体にはぜひ、お気をつけて。

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ビッグ・バン!おめでとうございます!

wildfire(2003/10/20 17:20:44)


 同じ初心者、また砂金(菌?)感染者として嬉しいです。パンの中に一粒きらりと顔をのぞかせる瞬間がたまらないですよね。これから寒くなってきますので、皆さんも腰には気を付けて掘って下さい。あぁ、また川遊びに行きたくなってきました(笑)。

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Re:ビッグ・バン!おめでとうございます!

内府(2003/10/20 19:38:44)


 wildfireさん、ありがとうございます。それまで何度やっても出てこなかった砂金くんが、初めてのパンニングで顔を見せてくれたんですよ。その時の気分は「あれ・・・これ、金??」という不思議な感覚でした。明らかに金色のものが、他の石とは違う時間をすごしている。喜びが爆発するというよりは、「あぁ、金だぁ〜」というさめた気分。しかし、粒をすくい、透明の容器にうつしてそれを眺めたとき、「自分は確かに金を採った!!」という胸の奥での充実感がわいてきました。

 夕べは疲れから9時前には寝て、今朝4時にちょっと目が覚めたのですが、それからは昨日のことが頭をよぎって眠れませんでした。知らず知らずのうちに反芻してしまうんです。いい年ぶっこいて・・・。

 いやいやいい経験をさせていただきました。次からの自信にもなりましたし、更なる意欲もわいてきます。また年内に行きたいと思ってますので、その時はご報告させていただきます。

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Re:初心者のその後・・・ビッグ・バン!

原澤(2003/10/20 18:20:55)


 内府さん。昨日はお疲れさまでした。いつもは、1人で静かにかつ熱く掘っていたのですが、昨日はひと味違った砂金掘りが楽しめました。それにしても、お二人の熱心なこと。二人が砂金を出すたびに、こちらもほんとうにうれしくなりました。

 「あるところにはある」のは、金(かね)だけではなくて金(きん)もそうなんですね。

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Re:初心者のその後・・・ビッグ・バン!

内府(2003/10/20 19:47:41)


 原澤さん、お世話になりました。本当に「あるところにはある」のに、ないところにはまったくないんですね。勉強になりました。次回もできればまたご一緒して頂けたら心強いです。T氏と話し合ってまたメールをいたします。原澤さんの予定にもできるだけ合わせますので、声をかけてください。では、お互いに腰に気をつけてがんばりましょう。

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内府の友人砥石です

砥石(2003/10/21 00:47:40)


 原澤さん昨日は大変お世話になりました。また、大変勉強になりました。3人で力を合わせた?のとご指導のおかげで2.5mmと2mmのものをゲットできました。大感激です!! 寒い季節に向かっておりますが、これからもよろしくお願いいたします。

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Re:内府の友人砥石です

内府(2003/10/21 11:45:22)


 砥石くん、掲示板でははじめまして。この前は楽しかったねー。お互いに充実した時間をすごせました。私も鉛と大きな桶を買って、パンニングの腕を磨くから、またがんばりましょう。しかしなぜ砥石・・・?

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Re:内府の友人砥石です

原澤(2003/10/21 23:53:01)


 砥石さん、お疲れさまでした。砂金は、現場で見るのと違って、家に帰って落ち着いてみると、以外と小さくなってしまうものですが、あの2粒は小さくはならないでしょう。楽しかったですね。またよろしくお願いします。

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Re:内府の友人砥石です

砥石(2003/10/22 22:31:05)


 そうなんですよ。夜な夜なふと、サンプルビンを取り出してはながめています。昨日も今日も大きさは変わってないです。・・当たり前ですけど・・おんなじ大きさでうれしいです。何か、「ニャッ」としてしまいます。こちらこそよろしくお願いいたします。

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Re:初心者のその後・・・ビッグ・バン!

kita(2003/10/22 19:45:19)


 おめでとうございます。やはり経験者と行くと違いますね、ホント採れてよかったです。今後深みにはまっていくと大変ですよ、色々と。それにしても、いいコンビ名ですね。

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Re:初心者のその後・・・ビッグ・バン!

砥石(2003/10/22 22:32:45)


 ありがとうございます。そうなんです! ほんとに「目から鱗・・・」って感じです。ここ数日、近所を自転車で走っていると、駐車場や道路のアスファルトの割れ目やそこから生えている草に目が留まり掘ってパンニングするイメージが湧いてしまいます。本当に無意識に割れ目から生えている草を目で追っている自分に気付いて苦笑いしています。また、草が目に付くこと・・・。先日の経験で草の根引きがすごいインパクトで頭に焼き付いたようです。


>それにしても、いいコンビ名ですね。


 ありがとうございます。テヘヘ・・・。

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ビックリ!砂金缶

野村(2003/10/24 18:01:32)


 下部の湯之奥金山博物館で砂金の入った砂の缶詰を売っているようですね。何かこの絵の人物の被っている帽子!どこかで見たことがあるぞ!!(笑)

  【写真】

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砂金缶

wildfire(2003/10/25 21:12:52)


 一体何粒の砂金が入っているのでしょうね、気になります(笑)。誰か買ったことのある人いるのでしょうか? さて、こんな頁も発見しました。懸賞の賞品にゴールドパンがあります。

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銅山川と吉野川に行ってきました

momo3(2003/10/26 18:48:48)


 過去ログの野村先生の四国巡検報告を参考にさせていただいて、先週、銅山川と吉野川を回ってきました。

 新居浜に着き、まずマイントピア別子で「砂金採り体験」をやってみました。どんな形の砂金を混ぜてあるのか興味があったのですが、 最初の1個を取ってみてガッカリ。混ざっていたのはなんと「金箔」でした。最初は本当に金箔を小判型に切り抜いたのかと思いましたが、さすがに金箔まで薄くは無く、砂金をプレスして見た目を大きくしてあるものみたいでした。

 最初の説明では「金は重いので、簡単には流れていかない」ということでしたが、あまりに薄くて大きいので、4mmサイズのものでも簡単に浮くし、流れるし、で、なんだかな〜と言うところでした。軽いので砂の上に乗っている場合もありました。初めての人にはあれくらい大きいと見つけやすいとは思いますが、あれが「砂金」だと勘違いされたら悲しいですね〜。

 次は、1000mの峠を越え銅山川へ。富郷渓谷では草を数本抜いてみましたが、ゼロ。

 金砂湖には「砂金を採った場所」と言うような碑がありました。今はダム湖ですが、名前の通り砂金の取れたところだったみたいです。

 新宮村の交差点では本流と支流の2箇所で草を抜いてみましたが、ゼロ。

 大野では河原に下りてみましたが、確かによさそうな場所ですね。直前にどなたかが来られてたみたいで、各所に跡が残っていました。盤の上にはもう無さそうだったので、盤では無い数箇所の普通の土砂を掘って、わりと簡単に時々1個、草1本で1個が2回、など計9個取れました。あの感じからすると新規の砂金の供給は無いようですね。

 吉野川では「四国三郎の郷」の近くの河原に行ってみました。ここでもどなたかの採った跡がありましたので、場所は間違ってないことがわかりました。近いところの岩のあたりで草を抜いてみてゼロだったので、広大な河原を横切り、水辺まで移動。条件のいい木があったのでこれを抜いてみたら、計20個ほど取れました。

 この箇所は水の中が盤になっていて、木を抜いた時に岩が少し割れて水中に落ちたので、メガネやポンプも使いました。北海道でも「メガネによる砂金拾い」が一番好きだったのですが、ここでも5、6個の砂金を拾い上げることが出来ました。思わぬところで「砂金拾い」が出来て、充分楽しめた砂金採りになりました。(^^) ここの河原は広くて本当に気持のいいところですね。

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Re:銅山川と吉野川に行ってきました

kita(2003/10/30 20:10:22)


 四国に来られたんですね、マイントピアの金は純金なのだそうです、鏡面のようなプレスのせいかめちゃくちゃ良く浮きます、海外産でもいいので天然の砂金にしてほしいところです。大野にはボクは最初のレポートを書いてからは行っていないので、他にも行った人がいるんでしょうか、四国で砂金掘りをしている人は貴重なんでいるならここに書き込んでほしいですね。

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Re:銅山川と吉野川に行ってきました

momo3(2003/10/31 06:47:52)


 kitaさんはじめまして。マイントピアの金は、純金でしたか。確かにきれいな表面をしていました。お土産用に、シールなどにするにはいい形かもしれませんが、あれでは「砂金採り体験」とは呼びにくいですね。

 四国でも誰かに会えないかと思っていたのですが、砂金を採る人は多くなさそうですね。大野では当日の午前中にでも来てたんじゃないかと思えるくらい新鮮な跡だったので、すれ違いだったかと、ちょっと 残念でした。長靴では難しいくらいの川の中の溝にもメガネ掘りの跡があったので、先客はある程度経験のある人かと思いました。

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Re:銅山川と吉野川に行ってきました

野村(2003/11/01 17:06:38)


 桃岩さんとイタさんが直前に行っていたのではないかと思います。

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Re:銅山川と吉野川に行ってきました

カン平(2003/11/01 20:49:17)


 momo3さん、kitaさんこんばんは。「ぐるっと四国好物(鉱物)採集」ということでイタさんと二人、吉野川辺りを楽しんできました。10月18日昼頃に30分か1時間大野にいましたよ。私が水中の直交したクラックを2箇所あげました。私よりもずっと前にあげられていて、供給がされてないみたいで、1ミリが1個だけでしたので早々に引き上げました。次の場所も同じ場所のようですね。川原の手前側で盤たたきを2回して0個でしたよ。イタさんは水辺でした。2箇所とも成果をあげられてました。今回は時間がありませんでしたので、次回は是非ご一緒させていただきたいですね。広くて大きな川ですので良い寄せ場がありそうですね。

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Re:銅山川と吉野川に行ってきました

momo3(2003/11/01 22:27:44)


 カン平さんこんにちは、「ぐるっと四国好物(鉱物)採集」ですか。いいですね。(^^)

 やはりそうでしたか。わたしはその時間は新宮村の交差点の下にいたと思います。大野に着いたのは15時ごろだったと思いますので、本当にすれ違いだったのですね。惜しいところでした。

 大野は確かに新規の供給は無さそうですね。でも、たっぷり掘るつもりなら、まだ遊べそうな感じもありました。

 吉野川の広大な河原の方は、まだまだ場所を探す楽しみはありそうですね。わたしも道に近いところではゼロだったので、流れの横でやって、いい木が1本見つかり、メガネも使ってそこでたっぷり遊べました。

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初心者のリベンジ

内府(2003/10/27 08:31:46)


 群馬県は藤岡市、日野の山中を流れる鮎川に行ってきました。ここは、私がはじめて砂金採りを行った場所でもあります。初めての時は当然のごとく空振りでした。「ホントに金があるのかぁ??」などと思っていたのですが、前回原澤さんに教わり、今度は満を持して(?)砂を掘る場所を吟味してやって見ました。主に草の根です。

 やりました!! 午後2時過ぎから2時間弱ほどで1ミリ程度の紛れもなき砂金が4個。粉末状のものも含めると10個近く採れました。見事にリベンジ!というところです。昨日は午前中に仕事の会合があり、行く予定はなかったのですが、それが思いのほか早く終わり、昼食もそこそこに一番の近場にいったのですが、結果的には大満足でした。

 そんなわけで原澤さん、お誘いできずにすみませんでした。次回は11月16日以外を予定していますが、ご予定はいかがでしょうか。またメールを出しますのでよろしくお願いします。

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Re:初心者のリベンジ

原澤(2003/10/27 17:32:07)


 おめでとうございます。鮎川での砂金採集は、お二人以外ではいないのではないでしょうか。私も、鮎川は一度行きました。至る所に岩盤が出ているのですが、これと行った場所を見つけられず、収穫なしの調査でした。

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ウソタンナイの記事

warawara(2003/10/26 12:26:17)


 道新の日曜版1・2面にウソタンナイ川の記事がありました。

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頓別川支流 ゴールドラッシュの沢道

wildfire(2003/10/26 17:46:24)


 読みました。日曜版一面の大きな写真は、ウソタンナイ川の内に仕切られた体験場ですね。この夏を思い出します。

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Re:ウソタンナイの記事

oga(2003/10/27 10:49:44)


 昨日見ました。一度入ってみたい浜頓別・・・でも時間が取れない(涙)。ミニチュアのユリ板に乗った砂金・・・良いですね。今作っているユリ板が完成したらミニチュアも作ってみようかな。彫刻刀と紙やすりで作れますよね、砂金公園のおみあげに一つどうでしょう・・・結構売れるかも(笑)。

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Re:ウソタンナイの記事

ホリオ(2003/10/30 12:17:04)


 みなさんお久しぶりです。ホリオです。ogaさんいつもお世話になっております。

 そう、ミニチュアですが、実は浜頓別町でつくってて、夏に札幌の新札幌で砂金掘りのイベントをしたとき販売してました。カッチャと揺り板と、砂金を入れるための凄く小さな瓶がセットになって、たしか800円くらいだったかな? とてもかわいらしくて、いい出来で。思わず買いました。きっと、浜頓別で購入できると思います。たしか・・・世界大会の参加賞になっていたというような話も聞いたような気がします。ホントならホームページにて紹介しなきゃならないですよね。更新さぼりっぱなしですみません。そろそろ動こかな。以上報告でした。

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新聞見られないんだけど。

kita(2003/10/30 20:20:16)


 ユリ板、カッチャのミニチュアが出来てるんですか、公園にいる時には色々サンプルを作ってみたんですが、周りの反応がいまいちで結局実現できませんでした。ちなみに、HOW.TOページの端っこの写真はミニチュア品です。

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Re:新聞見られないんだけど。

momo3(2003/10/31 07:09:28)


 ミニチュア、わたしも見せてもらったことがありますが、本当にかわいい出来でした。一般客はともかく、ここに来られてる人だと心をくすぐられる可能性大です。(^^)

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3週間前カリフォルニアで見つかった金だそうです

野村(2003/10/27 17:38:00)


 2ポンドって900g?! 日本最大の砂金塊を簡単に超えている!!

  【写真】

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笑ってこらえて

morimori(2003/10/27 21:59:22)


 29日(水)ダーツの旅で大樹町が出ます、歴船川の砂金掘り現場がでるようです。

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Re:笑ってこらえて

oga(2003/10/28 15:09:04)


 15日の浜頓別町は、ちょっとだけゆり板を使っている所が写っただけでしたねでも、ゆり板を使っているところをはじめて見ました(恥ずかしながら)。自作のゆり板が完成してからの使い方の勉強にとビデオにとって何度も見直しました。今度はもう少し長く映ればいいのですが・・・明日が楽しみです。どこかのテレビ局で特集でもやってくれないかな? 視聴率は結構高いんじゃないかと自分では思っているのですが(笑)。

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Re:笑ってこらえて

小林(2003/10/28 16:53:19)


 明日から金曜日まで出張で山の中にこもります。ビデオに録画してみよう!!!

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お尋ねしたいのですが

砥石(2003/10/27 21:44:58)


 3週間前のカリフォルニアの金ってすごいですね!! 私などはまだ始めたばかりで、なかなかうまく採集できないのですが特に、微粉末の砂金を回収するのにとても苦労しています。せっかく皿に残った金なので何とか一粒一粒指に貼り付けてビンに移すのですが、とっても時間がかかります。慣れていらっしゃる方は、どのような回収方法でやっていらっしゃるのかうまいやり方がありましたら教えて頂けますでしょうか? 宜しくお願いいたします。

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Re:お尋ねしたいのですが

momo3(2003/10/27 22:43:17)


 指の代わりにマッチ棒もいいらしいですが、わたしのお勧めは割り箸です。材質によってくっ付き易さの当たり外れはありますが、河原には弁当を持って行く事も多いので、使った箸を再利用出来ます。北海道だとセイコマートの箸はよくくっ付きました。あまりきめ細かい箸だとくっ付きにくい感じでした。箸を使う場合のコツですが、ビンの中で砂金の落下を確認することです。細かい砂金はスポイトを使えば簡単ですが、砂鉄なども一緒に入れてしまう可能性が高いです。

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Re:お尋ねしたいのですが

砥石(2003/10/28 21:38:35)


 momo3さんありがとうございます。つまようじで試した事があったのですが、頭のところが固くてうまくくっつかなくて、手でやってました。微粉末でも皿に残ってるとうれしくて四苦八苦しています。今度は、割り箸で試してみます。何本かあった方が良さそうですね。

 ところでmomo3さんが吉野川で使われた「ポンプ」とは、どのようなものなのか教えていただけますでしょうか?私も、「川の中の砂金拾い」にとても興味があります。出来そうだったら、チャレンジしてみたいと思うのですが。よろしくお願いいたします。

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Re:お尋ねしたいのですが

momo3(2003/10/28 23:58:10)


 つまようじは見た感じくっ付きにくそうですね。ポンプは小石も含めて砂を強引に吸い込む為の道具です。塩ビパイプで自作している方が多いみたいですが、わたしのは、真空式パイプクリーナを改造したものです。上がそのポンプです。下は深いところから砂金を拾い上げる為のもので、まあ言えば、大きなスポイトです。

  【写真】

 わたしの言う「砂金拾い」は、メガネ掘りの一種です。水中の岩盤の溝などを掘る時に、どうしても一部の土砂はこぼれ落ちますが、下が岩盤の場合、こぼれ落ちた土砂の中にあった砂金が岩の上にそのまま見えていることもあります。この見えている砂金を小さなスポイトでピンポイントで拾い上げるのが「砂金拾い」です。こぼれ落ちた土砂が堆積している場合には、何かで扇いで土砂を飛ばして砂金が無いか探します。

 この「川の中で見つけてピンポイントで回収する」と言うのが「パンニングの結果待ちの偶然の回収?」よりも、なんか自力で砂金を採ったと言う感覚が強くて、わたしの一番好みの砂金採り方法になってます。必要な道具はメガネとスポイト、それに扇ぐ物ですね。

 岩盤の溝を掘る時の順番ですが、わたしの場合、

(1)まず溝を掘ってその土砂をパンニング。

(2)ポンプがある場合には溝に残った土砂を吸い込んでパンニング。

(3)その溝の中や付近の岩盤の上で、メガネを使って砂金を探す。

 ですが、(3)が楽しいので、その為に(1)をやっている、と言うような時もあります。

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Re:お尋ねしたいのですが

warawara(2003/10/29 00:24:03)


 Nさんに教えてもらった方法ですが、パンの上に残った細かい砂金は化学の実験などで使った洗浄瓶(プラスチック製)のストロー部分を適当にカットした物で水ごと回収しています(ストロー部分をカットしないと先が非常に細いので吸えません)。砂鉄や砂が一緒に入ってしまいますが家に帰ってから、ゆっくり選別しています。このときは、つまようじの先を黒く塗り砂金をつまようじの繊維に食い込ませるようにして別の瓶に移し、つまようじをはじくようにして落としています。この方法だと川にいる時間を有効に活用できパンニングに専念できます。また、めがね堀の時にも3mm以下の物であれば吸い取ることが出来ます。3mm以上の時は、指でつまみます^^。ではでは。

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Re:お尋ねしたいのですが

momo3(2003/10/29 08:21:41)


 warawaraさんこんにちは、家に帰ってから再度選別するのなら、スポイトの類のものでまとめて吸い込むのも、早くていいでしょうね。

 ところでwarawaraさん、この夏の台風の翌日に歴舟に来られてませんでした? かわいい子供達と一緒に。後半、ちっちゃな女の子だったか、元気に泣いてたような記憶があります。(^^;) なんとなくあのご家族はwarawaraさんではないかと思ったのですが。

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Re:お尋ねしたいのですが

warawara(2003/11/07 23:42:33)


 momo3さん、返事が遅くなりました。Warawaraです。その通りです。子連れのおっさんですが、わたしです^^。

あのときは、台風の直後の増水、曇り空、子連れ、短時間、、、、で余裕がなく、余りお話しできず、今考えると失敗だったかな。また、どこかでお会い出来ると思いますので、そのときは宜しくお願いします。ではでは。

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Re:お尋ねしたいのですが

momo3(2003/11/08 07:55:44)


 やっぱりwarawaraさんでしたか(^^)。わたしは他の二人のうちのヒゲ面(旅行中のみ)の方です。もう一人は東京のライダーの方でした。またどこかで、ご一緒したいですね。

 後で地元の人に聞いたのですが、あの川で採れたと言うのは聞いたことが無いと言ってました。あの川で採ったのはわれわれ3組が初かも知れません。まあ本流で同じ努力をすれば10倍以上の成果が上がるので、誰もやらなかっただけかも知れませんが。(^^;)

 あの時話に出た浜砂金ですが、あの後わたしも日高の海岸で体験することが出来ました。浜砂鉄?のパンニングは確かに大変ですね。ゆすっても本当に沈んでくれたのかどうか、確信が持てませんでした。

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Re:お尋ねしたいのですが

砥石(2003/10/29 13:59:54)


 momo3さんwarawaraさんありがとうございます。momo3さん大変細かく手順や写真まで添えていただき大変良く分かりました。来年の夏に向けて準備しようと思います(もしかして冬でも可能なのかな? 冬の方が水量が減ってやり易いかなぁ?)。「真空ポンプ」パワーありそうですね!! 自作部分にはどんな工夫がしてあるのですか?ちょっと気になります。

 warawaraさん爪楊枝の使い方とスポイト作戦ありがとうございます。黒く塗って「はじく」ように落とせばいいんですね〜。細かいことには気がつかないですね〜。今度は、とりあえずスポイトと黒く塗った割り箸を持って行く事にします。大変勉強になりました。ありがとうございます。また教えてください。

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ユーコン砂金物語(14) チルクート峠に消えた砂金

五味(2003/10/29 00:08:41)


 クロンダイクが発見された1886年までに、既に約200名の先駆的な砂金掘り師たちがチルクート峠を越えてユーコン河を300マイル下り、スチュワート河口まで達していて、一年で10万ドル相当の砂金を採掘していました。こうした砂金掘り師たちのために、レロイ・マクエステン(LeRoy McQuesten)とアーサー・ハーパー(Arthur Harper)はスチェワート河口に交易所(Trading Post)を開設しますが、さらに事業が拡大するものと予想し、マクエステンは物資を仕入れにサンフランシスコへ向かいました。

 1895年7月7日、砂金掘り師のひとりだったハワード・フランクリン(Howard Franklin)は探検掘りを試みようと、スチュワート河からさらに100マイル下り、40マイク・クリークに至り、露出した基盤岩の堆積物をパンニングして、粗粒のナゲットを発見しました。そのため、殆どの砂金掘り師が40マイル・クリークに移動しました。

 ハーパーはこの発見を事業拡大の好機と考えましたが、一方では砂金掘り師に供給できるほど充分な物資が、圧倒的に不足しているという問題に直面しました。そのため、サンフランシスコにいるマクエステンにもっと物資を仕入れるよう連絡をとりたかったのですが、ユーコンは既に冬期に入り、ユーコン河は結氷して交通は途絶していました。当時の最も近い白人居住地は、チルクート峠をアラスカ州側に下ったダイアの交易所だけでした。

 トーマス・ウィリアムス(Thomas Williams)はアラスカ商業会社(Alaska Commercial Company)に雇われた河川蒸気船の船長でしたが、この危険な連絡業務を買って出ました。1985年12月3日にウィリアムスは略地図と、ひとりのインディアンの少年の助手を連れ、犬橇で出発しました。郵便袋にはアラスカ商業会社からサンフランシスコの本社への手紙と、約3千ドル分の砂金が入っていました。

 厳寒の中で凍てついた森林や藪を越える旅は予想以上に困難で、犬は寒さと食料不足で死に、ウィリアムスたちはその死骸を食料にして進みました。チルクート峠に達したときにはブリザードが吹き荒れ、疲労と空腹でウィリアムスはとうとう一歩も進めなくなり、雪に穴を掘って晴れ間を待つことになりました。4日目にブリザードがやや治まったため、再び歩き始めましたが、ウィリアムスにもう歩く力は無く、砂金の入った郵便袋を置いていかざるを得ない状態でした。しばらくインディアンの少年の肩に負われて歩き続けましたが、少年も力尽き、ウィリアムスを置いてひとりでダイアを目指しました。途中のシープ・キャンプ(Sheep Camp)で砂金掘り師の一団と出会うことができたため、橇を借りてウィリアムスを収容し、26マイル離れたダイアの交易所にようやく辿り着きました。しかし、すでに遅く、ウィリアムスは2日後に死亡、インディアンの少年はカヌーでジュノー(Juneau)へ運ばれ、凍傷の足先の切断手術を受けました。少年は英語が良く話せなかったので、豆を床にばら撒いて「金、全部これと同じ!」と叫んで置いてきた砂金のことを語ったそうです。

 こうしてウィリアムスが置いてきた砂金が、今もなおチルクート峠のどこかに埋まっているとのことです。もっとも郵便袋は後で回収され、砂金も回収され、手紙も開封されたという説もあります。

 ウィリアムスの遺体が携えていた手紙の一部に、40マイル・クリークでの砂金発見が書かれていたため、ブリティシュ・コロンビア州のビクトリア(Victoria)から500人がユーコン準州を目指し、クロンダイク発見に先駆けて小さなゴールドラッシュが起こりました。

  【写真】

 チルクート峠の途中からアラスカ州側を見下ろす。

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ユーコン砂金物語(15) ナゲットの生成−機械的作用説と化学的作用説

五味(2003/11/01 14:17:11)


 1個で何キログラムもあるナゲットはどうやってできたのでしょうか。ナゲットの生成については、石英脈などに生成した初生の自然金が、砂礫中を移動する間に機械的作用で丸められたり引き延ばされたりするものの、基本的には元の重さと変わりないという説、水に溶解した金が沈殿して化学的作用によって成長するという説、また、機械的と化学的両方が作用するという説があります。カナダ地質調査所が1979年に出版した「金とその鉱床の地球化学(The Geochemistry of Gold and Its Deposits)」には、それまでに述べられた砂金鉱床やナゲットの生成説について触れられています。

 機械的作用説の論拠は以下のとおりです。

1.砂金鉱床は初生鉱床の圧倒的に近辺に存在する。もしも化学的作用によって成長するならば、砂金は初生鉱床の近辺と化学的な条件が好適な離れた所の二箇所に生成する筈である。

2.ナゲットは初生鉱床の石英と同様な石英を伴う(石喰い)ことがある。

3.多くの砂金鉱床では源流で粗粒であるが、機械的な削磨と細砕で下流に向けて急激に細粒となることが多い。

4.砂金鉱床には初生鉱床で自然金に随伴するような灰重石、重晶石、黄鉄鉱、硫砒鉄鉱などの粒を伴う。これら随伴鉱物は二次的に生成したものではないので、砂金も同様な行動をとる筈である。

5.砂金には初生鉱床に含まれる元素(HgAgCuなど)や微量の鉱物粒(硫化物、テルル化物、石英など)を包含するものがある。鉱物粒が砂金に包含される理由は化学的成長では説明し難い。

6.砂金鉱床で認められる結晶金は、初生鉱床で認められる自然金結晶に似る(ただし後に化学的作用でも結晶金が生成することが判ってきた)。

 一方、化学的作用説の論拠は以下のとおりです。

1.金銀は水に溶解し、永久凍土に移動し、含まれるフミン酸などの有機酸によって河川底で沈殿する。

2.ナゲットは乳房状形態で産出するものがあり、同心円状の微細構造が認められる。これはナゲットが成長してできた構造であると解釈される。

3.砂金鉱床に認められる結晶金の稜線ははっきりしており、砂礫のなかで自由に成長したものと考えられる。

4.あるナゲットでは内部で二次的に結晶化が生じている構造が認められる。この構造は初生の自然金には認められない。

5.箔状、針状、樹枝状自然金が砂金鉱床の砂礫、磁鉄鉱、褐鉄鉱、埋れ木などの有機物に付着して認められる。

7.砂金鉱床の樹木化石を置換した黄鉄鉱には金を含むものがある。

8.実験的に金コロイド液から金が沈殿することが確かめられている。

9.砂金の純度は源流で低いが、下流へいけば連続的に高くなる。或る砂金粒内部の金銀分布を分析すると、粒の周縁では金が相対的に高い。これは従来から無機酸によって銀が溶出するためと説明されていたが、実際には冷たい河川水にはその能力がないし、銀の溶出する厚さは0.002mm以下であって、粗粒な砂金では全体の純度に影響を与えるほどではない。

10.初生鉱床の自然金よりも、それを源とする砂金鉱床の砂金のほうが水銀を多く含む。水銀は四面銅鉱や閃亜鉛鉱の酸化によってもたらされたと考えられ、砂金は酸化帯で成長する間に水銀を取り込んだと考えられる。

 ユーコン準州では乳房状でいかにも化学的に成長したようなナゲットではなく、機械的に生成したようなナゲットの方が一般的と認識されるようです。しかし、西豪州では化学的成長をしたものと考えられる砂金やナゲットが一般的に見つかっています。パース(Perth)南南東120kmで1980年代にボーキサイト探鉱中に偶然に発見されたボッディングトン(Boddington)金山では、熱帯地方のラテライト風化の過程で基盤岩の金が溶解して土壌に再沈殿して鉱床ができたとされています。また、地中の塩素濃度が高いところでは金銀は容易に溶解、移動するようです。ユーコン準州やアラスカ州地方はかつて地質時代に熱帯だったこともあり、あながちナゲットの化学的成長を否定するほどの積極的理由はないと思われます。それで機械的作用と化学的作用の両方があるのだろうという立場をとる人がいます。次回はラテライト風化に伴う金の移動と沈殿に触れたいと思います。

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ユーコン砂金物語(16) 砂金の化学的成長(西豪州の例)

五味(2003/11/02 00:21:59)


 西豪州はユーコン準州とは大いに異なる乾燥気候です。年間平均気温は25℃、日中の最高平均気温は35℃で、年間降雨は200〜400mm程度です。そのため中生代からの地質時代を通じて土壌のラテライト風化が進みました。ラテライト風化は基盤岩の花崗岩や緑色岩(主に玄武岩)が高温多湿条件で風化し、珪酸が溶脱して水酸化鉄や水酸化アルミニウムに富む土壌ができる作用です。西豪州中南部では地表から0〜1mにピソライト帯(Pisolitic layer:豆状の水酸化鉄と鉄質土壌)、1〜10mまでに斑紋帯(Mottled zone:カオリン粘土と鉄酸化物の混合層)、そして基盤までの10〜40mに青白帯(Pallid zone:主に淡色から白色のカオリン粘土)が分布します。ラテライト土壌中の地下水を分析すると、pHが4以下であること、硫酸イオン濃度が500ppm程度あること、また塩素濃度が高く6000ppmを越えることなどが判っています。低いpHと高い硫酸イオン濃度は、基盤岩中の黄鉄鉱の分解によるものと考えられます。また、豪州内陸部には塩湖が多く存在し、もともと地下水の塩素濃度が高いのです。

 従来からナゲットは地表に近いピソライト帯から発見され、最近では斑紋帯に金鉱床が発見されて、金の存在と鉄酸化物には強い関係があることが判りました。鉄酸化物を伴うナゲットの境界部を詳細に観察すると、ナゲットに近い部分の鉄酸化物中に微細な自然金が生じていて、その金純度はナゲットより高い(銀が少ない)という結果が得られました。また、ラテライト中から得られた微細な自然金結晶(直径20μm以下)は、殆ど純金に近い(Ag0.4%)ものでした。また、水素イオン濃度が高く(pHが低く)、酸素濃度が高いような環境では、金の溶解度が著しく高くなることが判明しています。

 これらの観察結果や実験結果から、基盤岩中の金鉱床中の金は酸素濃度の濃い地表付近で低いpHと高い塩素濃度の環境で、次式に従ってクロロ金錯イオン(AuCl4-)として溶け出すと考えられています。

4Au+16Cl−+3O2+12H+4AuCl4−+6H2O

 銀も同様にすこし溶け出します。

4Ag+4Cl−+O2+4H+4AgCl+2H2O

 クロロ金錯イオンは鉄の多いピソライト帯や斑紋帯で次式に従って金を沈殿し、水酸化鉄を残します。銀はこの反応では沈殿し難いので、結局はピソライト帯や斑紋帯の鉄酸化物に純度の高い金が伴われることになると解釈されています。

AuCl4−+3Fe2++6H2OAu+3FeO(OH)+4Cl−+9H+

 このように、地表近くの金鉱床で、pHが低くて塩素濃度と酸素濃度が高く、水酸化鉄を生じるような環境では、金は溶けて移動し、水酸化鉄とともに沈殿することがあり得るわけです。しかし、化学的な沈殿による成長だけでは、巨大なナゲットができるとは考え難く、もともとあった大きな山金に化学的作用が加わった結果と考えるのが自然かと思います。

  【写真】

 ラテライト土壌から採集したナゲット、1目盛=1mm、西豪州レイバートン(Laverton)、ホークスネスト(Hawk's Nest)

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ユーコン砂金物語(17) 砂金の化学的成長(西豪州の例2)

五味(2003/11/02 13:56:17)


 金が化学的に成長してできた金鉱床の事例をもうひとつあげたいと思います。

 西豪州のボッディングトン(Boddington)金鉱床は1980年にボーキサイトを探鉱していた際に、金の地化学異常があることが注目されて発見されました。これはラテライト中に発見された初めての大型金鉱床で、鉱量4500万トン、品位1.8g/tを露天掘で採掘中です。

 鉱床地域のラテライトの典型的な断面は、地表から8mまで鉄質帯(Ferruginous zone:針鉄鉱、赤鉄鉱、ギブス石、カオリン粘土などからなり、ピソライト帯に相当)、8〜38mまで粘土帯(Clay zone:主にカオリン粘土、石英、針鉄鉱、赤鉄鉱、白雲母などからなり、斑紋帯に相当)、38〜41mまでサプロライト帯(Saprolite zone:カオリン、スメクタイト粘土、石英などからなり、青白帯に相当)、それ以深が基盤岩です。基盤岩中の初生金鉱化は始生代の安山岩ないし玄武岩中の金−銅−モリブデン−タングステンの網状脈で、金は0.01〜2g/t程度、銅は100〜700ppmしか含まれません。しかし、これがラテライト風化した粘土帯には金が0.1〜8g/t、鉄質帯には1〜4g/t含まれ、まとまった部分は金鉱として採掘されています。とくに鉄質帯の金濃集帯は通常厚さ5m、最大20mに達し、拡がりが連続的なので、当時の地下水面直下に生成したものと考えられています。自然金は極微粒(2〜20μm)で、水滴状粒子ないし鉄酸化物に包含されて産出しますが、銀を殆ど含んでいません。

 現在の地下水はpH6.5〜8で高く、塩素濃度1000〜2500ppm、硫酸イオン濃度50〜200ppmでそれほど高くないのですが、ラテライト風化が盛んだったときには現在よりもpHが低く、塩素濃度が高く、金は溶けて移動し、水酸化鉄とともに沈殿していたと推定されています。

 ユーコン準州やアラスカ州の極地方はかつて熱帯だったことがあるようですから、もしかするとクロンダイクのホワイト・チャンネル砂礫層などにはカオリン粘土や鉄酸化物とともに再沈殿した砂金を含んでいたのかも知れません。また、鹿児島県枕崎周辺には金鉱床に伴って割れ目などに細粒で非常に純度の高い自然金が褐鉄鉱と一緒に産出しますが、これなどは初生の金が、黄鉄鉱の酸化と海風によって運ばれた塩素によって溶出し、水酸化鉄とともに再沈殿したものとも想像されます。

  【写真】

 褐鉄鉱塊に伴う自然金粒(矢印)、1目盛=1mm、豪州ニューサウスウェールズ州バサースト(Bathurst)、フレドリヒス・バレー(Fredrich’s Valley)産。

  【写真】

 鉄質ピソライトに伴う自然金粒(矢印)、1目盛=1mm、西豪州クーカイニー(Kookynie)、バララット(Ballarat)鉱山産。

  【写真】

 鉄質ピソライトに伴う自然金、1目盛=1mm、金属探知機による採集品。西豪州ナイアガラ(Niagara)、ルブラ・クイーン(Lubra Queen)鉱山産。


参考文献

Mann, A.W. (1984): Mobility of gold and silver in laterite weathering profiles: some observations from Western Australia. Economic Geology, vol.79, pp.38−49.

Monti, Richard (1988): Boddington lateritic gold deposit, Western Australia. in Groves, D.I. et al (ed.) (1988) Bicentennial Gold 88, Excursion No.5 Guide: Boddington. Geology Department & University Extension, The University of Western Australia, Publication No.14. pp. 1−15.

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ユーコン砂金物語(18) ゴールドラッシュ終焉後から現在まで

五味(2003/11/03 15:09:02)


 1914年からの第一次世界大戦で、多くの砂金掘り師が出征していきましたが、残された者はユーコン準州の各地に広がり、さらに探鉱を繰り広げました。その結果、ロウアー・スチュアート河(Lower Stewart River)や、60マイル・クリーク、ドーソン・レンジ(Dawson Range)のセイモア・クリーク(Seymour Creek)などに新しく粗粒の産金地が発見されましたが、富鉱部はありませんでした。

 1919年、新たにアラスカ州で開発された冷水による凍土の採掘技術によって、それまで不採算であった砂金層が稼行対象となりました。さらに小型ドレッジャがスチュワート河、40マイル河、ミラー・クリーク、メイヨ(Mayo)のハイエット・クリーク(Highet Creek)などに投入されましたが、利益を得たのはミラー・クリークとハイエット・クリークだけという有様でした。

 最早ユーコン準州には豊富な砂金地は残されていないと思われたとき、1934年1月、米国が金1オンス当り35ドルに引き上げたため、多くの砂金地が再び活況を呈し始めました。

 昔ながらの手掘りが復活して、放置されていた低品位鉱床の採掘が開始されました。また、この頃にブルドーザが初めて導入されました。

 第二次世界大戦で労務費と物品費が上昇し、1940年代末までに多くの金鉱山が閉山に追い込まれた結果、カナダ政府は残った産金業者に補助金を支給するとともに、鉱産税を1オンス当り22.5セントに引き下げました。1960年代中頃までに殆どの砂金掘り業者が操業を止め、ユーコン・コンソリデイティッド・ゴールド・コーポレーション(Yukon Consolidated Gold Corporation)の大型ドレッジャ2隻も1966年に操業を止めました。

 1970年代の金価格の上昇とともに、再び古い砂金地に鉱区が設定され、1980年代には生産が徐々に増加し3トン台を回復しました。現在は金市況に左右されるものの、ブルドーザやバックホー、モニター、トロンメル、スルース、スパイラルなどによって操業されて、年間3トン程度が回収されています。特に砂金を含む砂礫層に対する地震探査やボーリングがなされて、より正確に基盤岩との境界や金品位が把握されるようになりました。ブルドーザも大型が投入され採鉱効率も向上しました。

 また、選鉱の分野においてもニュージーランド浮上選鉱機(New Zealand floating plant)の導入により選鉱用水が有効に使用され、リッフルの形状が改良されて回収率が良くなりました。

  【写真】

 40マイル・クリークにおける浮上選鉱機とCAT213バックホーによる操業(浮上選鉱機は直径4フィートのトロンメル、4×8フィートのスルース2本を搭載し、1時間に約60m3を処理する)。

  【写真】

 ボナンザ・クリークの直径8フィートのトロンメルとスルース12本による操業。

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ユーコン砂金物語(19) 現在の砂金採掘(1)

五味(2003/11/06 21:46:19)


 カナダ・インディアン・北方局、砂鉱採掘課(Placer Mining Section, Indian and Northern Affairs Canada)が1991年に発行したユーコン砂鉱採掘1989-1990年(Yukon Placer Mining Industry 1989-1990)によれば、1989年から1990年の砂金採掘業は、金価格が1オンス当り平均382米ドルであったため極めて盛業で、1989年には165,571オンス(5.15トン)、1990年には132,658オンス(4.13トン)を記録しました。1990年に申請された試掘鉱区は1500鉱区で、採掘鉱区は250鉱区でした。その結果、有効な鉱区数は試掘鉱区17,915鉱区、採掘鉱区は345鉱区でした。

 1989年発行のユーコン砂鉱採掘1995,1996,1997年(Yukon Placer Mining Industry 1995,1996,1997)によれば、1997年に申請された試掘鉱区は800鉱区で、採掘鉱区は200鉱区、有効な鉱区数は試掘約18,000鉱区、採掘約260鉱区でした。ゴールドラッシュの最盛期の1898年には試掘鉱区が18,000鉱区に上ったといいますので、ほぼ同様の数となっています。

 1990年は194箇所で操業が行われ700人が雇用されており、1997年にも171箇所で操業が続けられました。1997年に生産の大きかった砂金地はゴールドラン、インディアン河、ドミニオン、ハンカー、60マイル、クオーツなどのクリークでした。

  【写真】

 ユーコン準州における主要砂金地と1989−1990年の生産量

     

 この後、「ユーコン砂金物語」では現在のユーコン各地の砂金採掘の様子を見ていくことにします。また、スルースのリッフル改良などの報告を要約していきたいと思います。なお、最近のユーコンにおける砂金採掘の様子は、カナダ・インディアン・北方局の地質調査所のホームページに掲載されている砂金鉱業監督官報告書で無料にて閲覧できますので、興味のある方々はこちらも参照してください。

    

Yukon Placer Mining Industry 1995, 1996, 1997 1998年発行(絶版)

  http://www.geology.gov.yk.ca/publications/yplacer/yuk_plac_

  min_ind95_97.pdf

Yukon Placer Mining Industry 1993-1994  1996年発行

  http://www.geology.gov.yk.ca/publications/yplacer/yuk_plac_min_

  ind93_94.pdf

Yukon Placer Mining Industry 1991-1992 1993年発行

  http://www.geology.gov.yk.ca/publications/yplacer/yuk_plac_min_

  ind91_92.pdf

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自宅でセリ上げの練習

大森(2003/11/06 23:18:09)


 この3日くらい、家でセリ上げの練習をしています。少し違和感があると思うかも知れませんが、使う物はプラスチックのコンテナ(あまり深くないもの)、砂鉄やチタン鉄鉱(今まで採りためていたもの)、人工砂金(天然でも良い)、フィルムケースです。

 先ずコンテナに水を張っておきます。フィルムケースには砂鉄を半分ぐらい入れておき、砂金も一緒に入れておきますが数を正確に把握しておいてください。このフィルムケースを何個か作っておきます。これ一つだけパンニング皿にあけて、皿のリフルがない側を使ってセリ上げをしていきます。他の人はどうか分かりませんが、私は結構楽しめました。しかし、以外と実践的で真剣にやらなければいけません。普通パンニングの練習といえばかなり大きなトロ舟を使わなければ出来ませんが、セリ上げの練習ならば小さなコンテナでも十分用が足ります。多分冬場でもお湯にすれば屋内で楽しめるのではないかと思います。多分家族の失笑またはヒンシュクは買うかもしれませんが、そこまでは責任を持てませんけど・・・。

 また、ゆり板でこれを練習するときですが、板は動作やサイズ上コンテナに入れられませんので、コンテナの他に水を入れた洗面器を置いておいて、手で水を掬ってそっと入れていきながら、練習をします。

 使用後の砂鉄ですが私はフライパンで煎って乾燥させています。時間的余裕が有れば自然乾燥でも良いでしょう。

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シナリオ募集

m.okada(2003/11/07 12:57:50)


 ジャッキさんから脇とよ著「渡辺良作砂金掘り物語」を、フイルムコミッションで募集している「映画・ショートフイルム」部門に応募したいとのことですが、当方その才能に乏しいため、シナリオを書ける方がいれば是非応募をお願いします。

 締め切りは2004年1月13日です。

 問合せ:北海道フイルムコミッション事務局

     tel. 011-241-3230

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九州に行って来ました。

小林(2003/11/07 17:08:18)


 仕事や諸事情により砂金掘りに行きたくとも行けない日々が続きました。やっと時間がとれ、思い切って九州に行ってみました。今回は大分県に行ったのですが、思いのほか山口県からは遠くてくたびれました。量もそんなにとれたわけではありませんが、初めての石食いがとれてたので大満足です。大きさもまあまあでした。HPにも書いているのですが、はじめは岩盤にあるポットホールかと思いさらっていたのですが、よく見ると同じ間隔で並んでいます。穴の大きさも同じように見えます。これって、昔の人が掘った金つぼ?と思ったのですが、効率を考えると川の流れに垂直に並べた方がいいですよね。となると、偶然ですか。

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橋げたの穴では?

野村(2003/11/08 09:47:05)


 今現在の橋の近くですよね?となると、昔の橋げたの立っていた穴の可能性が高いです。整列していれば間違いありません。直径も電柱くらいが入る大きさで。また二度、三度と橋を掛けかえしていると、一見ランダムに見えますが、よく見ると、整列した穴の組み合わせであると判ります。良くあることですが、砂金の溜まり場としては好適なのでチェックが必要です。某市の市指定天然記念物「**川のポットホール」は、明らかに橋げたの穴です(笑)。

 話は違いますが、昨日は遠足で京都の嵐山に行ってきました。生徒とお寺めぐりをした後、帰りの集合点呼まで30分ほどあったので、走って行ってきました。砂金掘りに!(笑)。嵐山の桂川でも出ましたよ! 草根引き1回のみで4粒、最大0.6mmの丸っこいコロンとした奴。皆さん、秋の京都観光の折は、ぜひ嵐山で砂金掘りを! メールくだされば場所を教えます。

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Re:橋げたの穴では?

小林(2003/11/08 12:01:50)


 そう、橋のすぐ近くです。大きさは50cm四方あります。なるほど、橋げたならば納得がいきます。

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Re:橋げたの穴では?

砥石(2003/11/08 20:13:55)


 野村先生はじめまして。ホームページの砂金の採り方(小学生向け)が初心者の私にとって教科書になってます。遠足にまで、道具を持って行かれるとは「すごい!」ですね。あらかじめパンなど用意して持って行かれたんでしょうか?それとも何か他の物で?もし他の物だとしたらおもしろいですね。

 私も、群馬県内の川で、産地調査を広げていきたいと思います。現在県内まだ3産地ですが、車に道具を積み込んで、ちょこちょこやってみようと思います。原澤さん内府くん一緒にがんばりましょう!!

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こんにちは

野村(2003/11/09 14:26:17)


 こんにちは、砥石さん。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。新人の皆さんの書き込みを、興味深く拝見しておりますが、何せ忙し過ぎて(今日の日曜日も学校に来て仕事してます)、最低限のお応えもしばしば滞っております。

 ストレス解消にと、遠足のときでも25cmの小さなパンを忍ばせて行っております。ところが最近、ホームページビルダーが壊れてしまったので、せっかくの成果写真もアップできないままです。困りました。

 新産地開拓は楽しいものですね。どうぞ皆さん、頑張ってください。そのうち、このサイトに集う皆さんの成果を集大成できればと願っています。

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はじめまして

小林(2003/11/09 16:14:32)


 はじめまして、山口県の小林といいます。砂金掘り仲間と一緒に産地探索ができるなんて、とってもうらやましい限りですね。仕事やなんやかんだで、私の場合は家族か一人で楽しんでいます。まあ、孤独になれてそれはそれで楽しいのですが・・・。

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今日はひとりで

砥石(2003/11/09 20:17:07)


 小林さんはじめまして。ホームページ拝見させていただいてます。「気合」入ってますね!!

 野村先生、25cmのパンを持って行かれたんですね。少しの時間でも有効に、しかも成果を出すところがやっぱりすごいです!! 私も見習っていこうと思います。

 なかなか経験と知識不足で、空振りが多いですが教科書となっている野村先生のページや大森さんのインプレッション、KITAさんのページ、小林さんのページ、そしてここ、ホリオさんのページを読んで勉強中です。

 昨夜、明日は砂金採りに行くぞ〜!!と決めて、今朝目覚めてガッカリ。結構雨が降ってるんですよ。やっぱりやめにしたほうがいいかなぁ〜? と、とりあえず選挙に行きました。すると、雨が小降りになってきているので、とりあえず川を見に行くことにしました。

 今日は神流川です。藤岡から下久保ダムを越え、地元ではちょっと有名な饅頭屋さんで饅頭とお茶を買い川をながめて走りました。

 万場あたりを良く見るつもりでしたが、そのまま走ってしまい、結局上野村まで行っちゃいました。実は、上野村には、「味噌ソフトクリーム」とゆうのがあり、前回来た時は営業終了後で食べることができなくて、どんな味か、ず〜っと気になってました。とゆう訳で、そこで小休止。真っ先にソフトクリームの場所へ行きました。普通のソフトクリームと味噌ソフトの2種類がありましたが、味噌ソフトを注文。ただ、全然期待していなかったので、小さく作ってね!とお願いしました。見てみると、白いクリームに黄色っぽい物がポツンポツンといくつか見えました。よく見るとやっぱり味噌っぽいものが・・・。私の頭の中では絶対ミスマッチ。多分美味しくないだろう。で、食べてみると・・・・全然味噌っぽくなくてむしろチーズのような味。これは美味かったですよ!! 甘いの好きな方、通りかかったら、試してみてはいかがでしょう!

 こんな道草しながら雨もそれほど降っていなかったので川に降りてみました。鮎つりをしてる人がいたので、邪魔にならない下流でパンニング。前回3粒だったので今回は3粒以上採るのを目標にやってみましたが、なかなか・・・。鉛球や金属カスはいくつか残るのに金ちゃんが顔を出してくれません。結局、肉眼で分かるもの1粒、超微粉末1粒計2粒。

 釣りをしてる人に砂金採りしてることを告げると「砂金採れるなんて全然聞いたこと無いな〜?」との答え。前回来た時釣りをしてた人は、「子供のとき砂金採りやったよ。川の砂を掘っていくと金色の粒が出てくるんだ。でも、もう無いよ。」と言ってました。

 又、この辺出身の私の知り合いの人も、「子供の頃ざるを持って砂金採り(砂金かどうか判らないけど)して遊んだ覚えがある。」と言っていましたので何かしら金色の物体があってもおかしくないと思うのですが・・・。砂金かどうか分かりませんが、これからも調査してみようと思います。

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京都嵐山の砂金採集

野村(2003/11/20 12:12:15)


>嵐山の桂川でも出ましたよ! 草根引き1回のみで4粒、最大0.6mmの丸っこいコロンとした奴。皆さん、秋の京都観光の折は、ぜひ嵐山で砂金掘りを!


 今度の日曜日11月23日に、地学研究部の生徒たちと嵐山で砂金採集をします。もしこの掲示板をご覧の方で、一緒に砂金をとりたいという方は阪急電車嵐山線「嵐山駅」駅前広場に10:00に集合してください。

 持ってきていただく物は、

・バケツか台所用洗い桶

・ザル

・移植ゴテ

・台所用ゴム手袋

・バール

・パンニング皿

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結果報告

野村(2003/11/25 13:44:36)


 滋賀県の中村さんと、他に仲間2名が参加されました。生徒たちは草根引きで、あまり数は採れませんでした(3時間で各数粒程度)が、中村さんは素晴らしい野生のカンを働かせ、何と1mm以上の粒を見つけました。これで確実に新しい産地が増えました。皆さんもどうぞ!

  【写真】

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Re:結果報告

oga(2003/11/25 15:29:43)


 船の上の人たちの何をやっているんだろう、と言う声が聞こえてきそうですね。観光地で砂金を採るのは、いまだにチョット気が引けます(いつも一人なので)。私は砂金掘りをしている方と一緒になった事は、ほとんど無いのですが、釣りや散歩をしている方に、一体何をやっているんですかと、よく声を掛けられます。砂金では無名の川ばかり行っているからでしょうが、ほとんどの人が鼻で笑って行きます、確かに砂金はほとんど取れませんが(今に見ていろ〜〜)。

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アクセスカウンタ 88788 ゲット^^

warawara(2003/11/08 23:40:44)


 にぃ^^。カウンタのアップが週末はすごいですね。

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ホームページを移転しました

大森(2003/11/09 18:17:49)


 今までホームページをおいていたhpmixの近日廃止に伴いホームページを移転しました。新しいアドレスは以下の通りです。

  http://www.water.sannet.ne.jp/p-omori/index.htm

 ホリオさん、kitaさん、小林さんお手数ですがリンクの変更をお願いします。なお、今までのホームページは自然に削除されるまで残しておきます。

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お引っ越しですね。

小林(2003/11/09 18:58:16)


 お久しぶりです。リンクの変更を完了しました。背景が秋を感じさせ、いいですね。

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Re:ホームページを移転しました

(2003/11/10 09:52:12)


 お久しぶりです。早速HPに飛んだらカウンターが【000123】でした。今日は良い事ありそうです。

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Re:ホームページを移転しました

ホリオ(2003/11/10 19:31:12)


 大森様、お久しぶりです、ホリオです。移転の件、了解しました。リンク先を修正しました。

 昨日、札幌は雪が降りました。土曜日のうちに冬タイヤに交換しました。なんと、去年の11/2は極寒砂金ツアーでした。仕事ばっかやってるうちにあっという間に1年が過ぎてしまいました。ということは、私は1年間サイトを更新してないことになる。まずいっす。

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変更しました。

kita(2003/11/10 21:28:11)


 ここのところ忙しくて、砂金掘り、更新がちっとも出来ていません。

 それにしても最近のアクセスカウンターの伸びはすごいです、ホリオ君のページは別格ですが(と言ってもボクが北海道にいた頃から見ると信じられないような事になっていますが)、自分のHPを引越ししてから三ヶ月くらいなのに9000を超えてしまいました、引越し前はHPを作って二年くらいだったと思いますが、カウンターは7000あたりでした。これは砂金掘りの趣味が広く知られてきたものと考えていいのでしょうか。

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みなさん、お手数をおかけしました

大森(2003/11/10 22:09:44)


 みなさんお手数をおかけしました。ありがとうございます。今度は容量が10から20に増えたので安心して、画像や動画のアップが出来るようになりました。

 表紙の壁紙は季節ごとに良い風景写真を撮って変えていこうと思います。私も最近は砂金掘りをはじめた頃の「自然の美しさと不思議さを楽しむ」というポリシーを忘れかけていたことを反省しています。これからは、周りの景色を楽しみ写真を撮るくらいの心のゆとりを忘れないようにしようと思います。

 確かに最近はカウンターの数値がとても良く伸びていますね。ハンズでも鉱物科学研究所でもパンニング皿は売り切れが多くなり、静かに趣味が広がっていることが感じられます。

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ラジオ出演?

oga(2003/11/11 09:19:06)


 昨日、北海道のローカルラジオ局ですが、砂金掘りで有名な札幌の洋食屋さんとして出演されていたのは、morimoriさんではないでしょうか? 家に帰って妻に聞いたのですが、砂金に洋食といえばmorimoriさんですよね。土曜日にNさんとお会いして(新十津川で)皆さんの話をして、妻にその話をしていたのでピンと来たようです。

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Re:ラジオ出演?

morimori(2003/11/11 22:24:03)


 そうです、私です。お恥ずかしい、年甲斐も無く今年はあまり砂金掘りにいけなかつたので、卓袱台をひっくり返してストレスを発散するという打ち合わせで、そのとおりにやりました。今まで何回かデビルさんが来て砂金の話でラジオに出て、その話を聞いて我家に尋ねてきて、砂金掘りにはまり込んだ人が何人かおります。

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カッチャに刻印を

morimori(2003/11/12 17:36:35)


 私のカッチャにヒビが入ったので修理に明珍鉄工所にいつてきました。修理のついでに刻印を押してもらいました。それから木製の柄に焼印も、明珍カッチャ刻印第1号だそうです、妻のカッチヤも買いましたこれが2号だそうです。 これから注文する人、刻印押してと注文すると押してくれるそうです。何も言わないで注文するとそのまま送ると言ってました。

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久慈川の砂金

大森(2003/11/14 00:15:28)


 茨城県大子町の久慈川の砂金がオークションに出ています。4.5ミリの砂金もあるようですが、採集の苦労を考えると結構安いですね。

  http://page4.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/d40608220

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Re:久慈川の砂金

小林(2003/11/14 16:14:35)


 砂金は、持っていることによる満足感よりも、苦労・工夫して採るときに満足感を感じるものだと思います。自分で採った砂金を見て、その時の様子を思い出しながら飲む酒は、格別のものがあります。

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飛ぶ砂金対策

c_mote(2003/11/14 17:46:02)


 はじめまして、c_moteと申します。今年の秋より、砂金採取を始めた者です。先日、採取した砂金をピンセットで整理していて、あやまって、飛ばしてしまいました。(^_^;; せっかく苦労して、2時間掛けて4粒採れた1粒だったのでとても残念でした。みなさんは、どうの様に細かい砂金の整理をしてますか?

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Re:飛ぶ砂金対策

ナカノ(2003/11/14 19:22:40)


 はじめまして。小さい砂金をピンセットで移動するのはとても危険だと思います。ピンセットの先がずれる可能性があるので、プチッとはじけるともうこの世に存在しなくなります。ピンセットでの移動はせいぜい1センチ程でしょうか。それも大きな黒い紙の上で作業すると良いかも知れません。

 私は100円ショップで見つけた調味料に使う小さなスプーン(柄が長いので切りました)を買い利用しています。移動する砂金のすぐそばにそのスプーンを置き、ピンセットでスプーン入れます。そのスプーンに入れた状態で移動し水を入れた小ビンに入れます(水が入っているとレンズ効果で砂金が大きく見えるので)。

 一度微細な砂金をそのスプーンに入れていて、表面処理のしていない木地のテーブル上でひっくり返してしまい、かなりの数が木目の中に入って回収不能になった事があります。特に細かい砂金を扱う時は、できれば黒い色の塗りのおぼん等の上でやるのが安全かも知れません。今思いついたのですが、良く賞状や卒業証書等入れて持ち歩く黒い漆塗りの四角いおぼんのような物が有りますが、あれだったらいいでしょうね。また、パンニング皿から回収する時のようにマッチの軸などを濡らしてくっつけて移動するのも良いかもしれません。

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Re:飛ぶ砂金対策

c_mote(2003/11/15 18:16:51)


 ナカノさんはじめまして。そうですね、プチッとはじけて消えていきました。龍角散のスプーンとか良さそうですね。私も良さそうなスプーンを探してみます。

 今度からは、100円ショップで黒いおぼんを買ってきてやってみます。色々、ご親切にありがとうございます。

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やっと復旧、で先日の成果

野村(2003/11/15 16:43:24)


 やっとホームページビルダーが復旧しました。そこで先日、と言っても2週間前になりますが、埋蔵金探し(?)に行った時の成果をご披露します。金属探知機で基盤岩の上を5時間くらい調べた結果です。

 一番多いのは「釘」。次いで「針金」。これらはディスクリミネート(識別)機能で排除できる鉄製品なのですが、一応掘り出すことにしています。その次に多いのが釣りの「オモリ」(鉛製)。さらに散弾銃の「散弾」。そして少数ですが、「5円玉」と「寛永通宝」でした。ライフル弾の「弾頭」もひとつありました。

  【写真】

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「旧軍の物と思われます」だって!

野村(2003/11/18 10:19:32)


 先日、理科教員の研修で、修理中の潜水艦の中を見学してきました。そのとき会った自衛官の人に、この弾頭を見せたら、「旧軍の物と思われます」と言ってました。まあ、寛永通宝も流れてくる場所ですから、戦争中の遺物があっても別におかしくは無いのですけどね。場所は加古川です。江戸時代から水運で開けていた川ですので。でも小判は無さそうですね。寛永通宝は今の100円玉くらい。小判は今の1万円札以上の価値(10万円くらい?)ですから、川に落とした人が居たら見つかるまで探したでしょうから。

  【写真】

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Re:「旧軍の物と思われます」だって!

小林(2003/11/18 11:53:52)


 先日の九州遠征の時に、初めて硬貨(10円)が採れました。また、散弾銃の弾のような鉛玉もたくさんでました。

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ユーコン砂金物語(20) 砂金の純度

五味(2003/11/16 14:08:55)


 ユーコンの砂金採掘業者は砂金の純度について、私達が考えている以上に気にしています。それは含まれる金の含有量によって、砂金の売却価格が影響を受けるためで、砂金地によって砂金の純度には意外に差があります。これは砂金をもたらした鉱脈中の自然金の純度の差、大まかに言えば、鉱脈が中熱水鉱脈(老脈)か浅熱水鉱脈(幼脈)かということがあります。さらに砂金に化学的作用があったと考えられる場合(銀が溶出するか金が付加する)には金の純度があがります。通常、砂金の純度は1000分率で表します。

 主な砂金地の砂金純度は、オールゴールド・クリーク858〜860、ボナンザ・クリーク上流809〜827、中流781、下流739〜798、チーチャコ・ヒル750〜785、エルドラド・クリーク733〜803、40マイル河814〜845、ゴールド・ボトム・クリーク780〜800、ハンカー・クリーク上流798〜859、中流725〜820、下流701〜726、クオーツ・クリーク732〜800、60マイル河810〜840、スチュアート河839〜850、メイヨのダブリン・ガルチ860〜923などとなっていて、クロンダイクでは750〜850と、意外と低いのに驚かされます。

 1932年に岩崎重三先生が著した「金」(内田老鶴圃発行)という著書には、日本各地の砂金の純度が示されています。産地によっては含まれている銀の純度も示されています。ただし、どのくらいの試料を分析して得た値なのかは判りません。

 相川  佐渡    金585.1

 西三川 佐渡     666.6

 ペーチャン     金792.3 銀192.9

 天塩         838.0 158.3

 ウソタンナイ     877.7

 夕張         895.0 97.2

 空知         843.0

 荘川  岐阜     838.3 157.1

 吉野川 愛媛     903.9 94.8

 台湾  九份 733.9 237.9

 朝鮮         802.8

 満州          938.5

 ロシア イルクーツク  905.2

 豪州ビクトリア     908.9 94.8

 米国ダコタ       923.5 72.5

 これをみますと、浅熱水鉱脈(幼脈)からもたらされたと考えられる佐渡では700以下で、中熱水鉱脈(老脈)からもたらされたと考えられる北海道、岐阜、吉野川の砂金では800〜900という純度になっています。有名な宮城県鹿折鉱山から産出した山金(モンスター:地質標本館)は老脈からのもので、948.9とのことですから、北上産地の砂金の純度も900程度でしょう。他の老脈としては山梨県の保が940、茨城県の塩沢が920、大子が915程度でこれらを源とした砂金も900以上の純度だと思われます。ユーコン以外の外国では、殆どが中熱水鉱脈からもたらされたと考えられる砂金であるため、900以上が殆どです。

 このように、砂金の純度や成分を調べることによって、砂金をもたらした鉱脈の性質や生成、砂金になってからの経過などを類推することができると考えられます。

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ユーコン砂金物語(21) スルース・ボックスのメカニズム

五味(2003/11/16 19:20:55)


 ユーコン準州ではゴールドラッシュ当初から、水が豊富なところでは、ジグやスパイラルよりも操業が簡単でコストが安いため、殆どの砂金地でスルース・ボックスによる樋流し法が実施されています。近年までは粗粒の砂金が重要視されていたため、それほどスルースの構造に関心が払われなかったのですが、最近は細粒の砂金の回収率を向上させるため、いろいろな構造改良がなされています。なお、私はスルースを使用して砂金を掘ったことがないので、以下の要約には誤りがあるかも知れません。御覧になった方々の御意見をお待ちします。

  

・構造

 スルースはかつて木製で、幅30から130cm、深さ30から100cmで、これを継ぎ足して10から100mとして使用していました。最近では鋼製が使用されています。解砕しやすい砂礫には短い長さで充分ですが、粘土質砂礫には長いものが必要とされます。スルースの勾配は2〜125%、通常4〜5%で使用されることが多いようです。スルースの底にはリッフルがあって、砂礫といっしょに流れる砂金を捕捉するようになっています。リッフルの材料はかつて丸太や角材でしたが、現在は鋼材で、アングル材(ハンガリアン:Hungarian)や平材(Flat bar)、エクスパンデド・メタル(Expanded metal)が使われます。スルースの底には砂金を捕捉するために化学繊維製のマット(製品名:NomadCocoa matAstro TurfMonsanto)が敷かれています。

  【図版】

 リッフルの種類

  

・砂金捕集のメカニズム

 従来のスルースでの砂金捕集メカニズムの研究では、流速低下による砂金の沈降速度が重視されてきました。しかし、最近の研究ではスルースは一種の遠心分離機と見なされ、沈降速度よりもリッフル間で発生する渦動(Vortex)が重要視されています。スラリーがリッフル間に入ると、リッフルとの摩擦から生じた低圧帯が発生し、次のリッフルとの間で渦動を形成すると考えられ、軽い粒子は渦の外にかき上げられ、重たい砂金はこの渦動と重力により底に近いところでマットに捕集されます。捕集されなかった砂金は渦動中で回転し続けるか、次のリッフルに移動して捕捉されます。渦動によってリッフル間には、粒子が充填した部分が出来ますが、ここに砂金が溜まることはめったにありません。

 したがって、スルースの回収率を左右する要因として、リッフル間でうまく渦動を形成させることが重要で、このためには流速、リッフル距離、リッフル高さがうまく調整されねばなりません。

  【図版】

 スルースのリッフル間で生じる渦動の説明図

 もしリッフル間距離が短いと、水流が充分な渦動を形成しないため、リッフルが粒子で充填されてマットに捕集されず、逆に長いと、水流はリッフルの上を抜けて渦動を生じないことになります。したがって、砂金もマットに捕集されない状態となります。

  【図版】

 1インチ・アングル鋼材でつくったリッフルを1インチと3インチ間隔で並べたスルースの渦動の出来方の模式図

 砂金の回収に最も適切な渦動をつくるという観点から、いろいろな形のリッフルがテストされています。また、スルース・ボックスの大きさに合わせた適切な土砂供給量や流速が求められています。これらのことについても書き込みをしていきたいと思います。

  【写真】

 昔のスルース・ボックスによる砂金回収

  【写真】

 現在の砂金回収

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ユーコン砂金物語(22) スルース・ボックスの改良

五味(2003/11/19 21:40:36)


 アングル材を使用したリッフルの場合には、1mm以上の粒径の砂金捕集に有効で、1インチ・アングルの場合、上部の翼を1/2インチに切り縮め、傾斜3インチ/フィート以上の急傾斜で多量の流水(320インペリアl・ガロン/分以上)で使用するのが良いとされ、給鉱もスルース・ボックス幅1フィート当たり16立方ヤード程度の多量の土砂を処理できるといわれています。

 平帯(フラットバー)を使用したリッフルは、渦動が必要以上に激しく発生するため、ナゲットの捕集はできますが、2.4mm以下の粒径の砂金捕集に有効ではないようです。

 エクスパンド・メタル製のリッフルは、小さなサイズの渦動が発生するため、1mm以下の粒径の砂金捕集に有効で、多くの砂金掘り場で使用されています。しかし、給鉱は微妙で、スルース・ボックス幅1フィート当たり8立方ヤード以下、傾斜も1.5〜2.5インチ/フィート以下に制限するべきであるといいます。エクスパンド・メタルの面はボックス底のマットに隙間無く乗っていなければならず、また渦動が変形し不規則となるので、二重にして使ってはいけないといわれます。

  【図版】

 リッフルの改良例の模式図

 アングル翼を1/2インチに縮め、高さ1インチのリッフルを間隔2インチ、スルースの傾斜を−15°とした。これによってリッフル間の堆積物が減少して、適切な渦動が発生する。

  【図版】

 エクスパンド・メタルすのこ板を使った場合の渦動の出来方の模式図

  【写真】

 昔日のスルース・ボックス一人作業

  【図版】

 スルース・ボックスへの適切水量を求める線図

 左上の㈰スルース・ボックスの幅(インチ)に、㈪水流深度(インチ)をみて、㈫スルース・ボックス傾斜(インチ/フィート)をみて、㈬適切水量(毎分インペリアル・ガロン)を求める。例えば、ボックス幅36インチ、水深4インチ、傾斜1.5インチ/フィートでは、2700インペリアルガロン/分の水量が適当となる。単位がメートル法でないため、換算が必要。

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Re:スルース・ボックスの改良  面白いですね!

野村(2003/11/20 09:47:05)


 五味さん、いつも有益な情報提供をありがとうございます。 必ず読んでいるのですが、なかなか感想すら書く時間が無くて困っております。砂金の成長に関する説も非常に興味深く読ませていただきました。話がいよいよ道具の、それもスルースのリッフルの話しに入ってきて、「道具に凝る」私にとっては、宝の山のような情報です! ありがとうございます。


>スルース・ボックスへの適切水量を求める線図


 特に興味のあるこの出典を教えていただけないでしょうか? なお、


>昔日のスルース・ボックス一人作業

  【写真】

  【図版】

 この写真は、色々なところに出ている有名な写真ですが、これはスルースボックスではなくてグリズリーという篩が乗っているロッカーです。

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Re:スルース・ボックスの改良  面白いですね!

五味(2003/11/20 21:12:03)


 野村先生、拝啓、コメントをいただきまして、ありがとうございます。


>スルース・ボックスへの適切水量を求める線図、特に興味のあるこの出典を教えていただけないでしょうか?


これは、R & M Consultants, Fairbanks, Alaska (1983 January) がつくった Alaska Department of Environmental Conservation の小冊子に載っていた図を、Indian and Northern Affairs Canada が編集し直して Yukon Placer Mining Industry 1989-1990 に載せたものです。とくにこの図に関する解説は添付されていません。同じ図が Yukon Placer Mining Industry 1991-92 の31ページ目にもついていますので、http://www.geology.gov.yk.ca/publications/ypla

cer/yuk_plac_min_ind91_92.pdf も併せて御覧ください。たぶん直接に、Placer Mining Section,Mineral Resources Directorate, Northern Affairs Program, 200 Range Road, Whitehorse, Yukon Y1A 3V1 に照会されれば、小冊子の原本コピーを入手できることと思います。


>昔日のスルース・ボックス一人作業、この写真は、色々なところに出ている有名な写真ですが、これはスルースボックスではなくてグリズリーという篩が乗っているロッカーです。


訂正をありがとうございました。確かに、良くみると三角型の篩とその下にロッカーがついています。早速、原稿も訂正しておきます。

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欲しかった!スルース・ボックスへの適切水量を求める線図

カン平(2003/11/21 01:07:08)


 五味さん、いつも楽しく拝見させていただいております。また、有益な情報の提供、ありがとうございます。お礼のレスと思っていましたが、忙しくて野村先生に先を越されてしまいました。笑。

 いくつかスルースを作成し、日頃作業をしている中で、渦動(Vortex)は予想通りでしたので、経験による仮説に自画自賛しています。製作の基本となりうる「スルース・ボックスへの適切水量を求める線図」を欲しいと思っていましたので、早速、既製作スルース、USスルースをチェックしたところ納得のいく答えが出ました。出典を参考にしながらもっと成果の出るスルースを作りたいと思ってます。ありがとうございました。

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Re:欲しかった!スルース・ボックスへの適切水量を求める線図

五味(2003/11/21 23:48:05)


 カン平様、レスありがとうございます。書き込みさせて頂いた資料が役立ったようで、たいへん嬉しく思います。これからトリプレ・スルースとかロッカーとかの要約や、ユーコン準州の砂金地の実際の採掘状況などを書き込みさせて頂きたいと思います。

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お祭り

小林(2003/11/23 17:07:54)


 砂金掘りとは全く関係ありませんが、今日は私の家の近くの神社のお祭りでした。画像のしし舞には息子2人が入っています。今日の山口はぽかぽか暖かいぐらいの天気でしたが、北海道は寒いのでしょうね。関東の方も寒いのかな?

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Re:お祭り

warawara(2003/11/23 23:29:18)


 某ニセコ方面の道の駅にて、雪遊びをする我が子です。札幌市内の雪は、朝はありましたが帰ってきたらほぼ無くなっていました。北海道の砂金堀のシーズンは、終わったかな。ではでは

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川を見ると

小林(2003/11/24 15:46:45)


 同じ場所でも、見る人によって着目する場所が違います。この画像は、山口県では有名な景勝地「長門峡」です。紅葉のきれいなところです(既に紅葉は散っていますが)。今日は天気がいいのでここにお弁当を持って散歩に行きました。普通の人は山の上の木の葉を、私は川の流れの底の岩盤を見て楽しみました。どの溝に・・・・。

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同感です

大森(2003/11/24 22:30:15)


 最近はテレビで旅番組とか2時間ドラマを見ていても、つい河原の地形や地質に目がいってしまいますね。こういう症状が出ると、もはやこの世界から足を洗うことは、禁煙や禁酒以上に難しいな〜と感じますね。

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ユーコン砂金物語(23) スルース・ボックスへの給鉱量

五味(2003/11/24 22:32:48)


揺動スルース・ボックスと水圧リッフル

 砂礫に磁鉄鉱などの重鉱物が多いと、リッフル間が重鉱物で充填されて渦動が発生せず、またマットが充填物で覆われて、砂金がマットに捕集されにくい状態になります。これを防止するために、スルース・ボックスを130〜180rpmで揺動させて、リッフル間の重鉱物をルーズにして取り除きながら稼動させる揺動スルース(Oscillating sluicebox)というのがあります。また、リッフル間に低圧の水流を当てて充填物を取り除きながら稼動させる水圧リッフル(Hydraulic riffles)というのがあるようです。

スルース・ボックスへの砂礫供給量

 1989〜1990年にユーコン準州の24砂金地を対象に、カナダ・インディアン・北方局、砂鉱採掘課は、砂金粒に放射性を帯びさせて砂金の回収率を調査しました。即ち、4種類のサイズ(直径1.4、0.73、0.36、0.18mm)の砂金粒各100粒に原子炉で放射能を帯びさせ、砂礫とよく混合させて、スルース・ボックスをクリーニングする前12〜24時間前に給鉱ホッパーに投入しました。クリーニング時にこれら放射能を帯びた砂金をシンチレーション・カウンターで見つけ出して回収し、各粒度別の回収率を調査するという方法が採られました。また、各砂金地では砂礫の給鉱量、水量、スルース・ボックスの大きさ、リッフルの形状などが計測されました。100粒当りの標準誤差は2〜3%、回収率が低下して50%に近くなると5%となりました。詳しい調査結果については、

 Clarkson, R.R.(1989): Gold losses at Klondike placer mines. Klondike Placer Miners Association.

 Clarkson, R.R.(1990): The use of radiotracers to evaluate gold losses at Klondike placer mines. Klondike Placer Miners Association.

 にまとめられているようですが、残念ながら現在のところ手元にはないので、いずれ入手して要約を紹介していきたいと思います。

 スルース・ボックスへの砂礫供給量について、従来はスルース・ボックス幅1フィートに対する水量を160インペリアル・ガロン/分としたときに、8立方ヤード/時間程度に抑えるべきといわれていました。経験的に給鉱量を増加させると、下図のように砂金の回収率が低下していくことが判っていました。1989〜1990年の調査により、エクスパンデド・メタルのリッフルには8立方ヤード/時間程度の割合が適当であるが、アングル鋼材を使ったリッフルではこの倍に近い給鉱量でも機能することが判りました。水量は給鉱量よりも重要ではなく、スルース・ボックス幅1フィートに対する水量は、エクスパンデド・メタル(4〜6ポンド/平方フィート)のリッフルで160インペリアル・ガロン/分、アングル鋼材のリッフルで320インペリアル・ガロン/分が適切とされました。

  【図版】

 スルース・ボックスへの砂礫供給量増加と砂金回収率の低下の関係

 スルース・ボックス幅(フィート:上横軸)または単位面積(平方フィート:下横軸)当りの砂礫供給量(立方ヤード/時間)の過剰によって、砂金回収率が低下することを示した図

  

篩い分け

 スルース・ボックスに適当な粒度の砂礫を流す目的で、礫を予め除去する篩を設備すること(Pre-screening)が推奨されています。少なくとも直径1インチ以上の礫を除去しておくことにより、砂金の回収率は著しく向上し、必要な水量も少なくて済みます。このために、デロッカー(Derocker)、トロンメル・スクリーン(Trommel screen)、振動篩(Vibrating screen)などが用いられます。デロッカーはユーコンで開発された機械で、グリズリー・フィーダー(Grizzly feeder)を前後に揺動させながらフィーダー目によって細粒部を篩い分けるもので、非常に能率的に篩い分けができるということです。ただし処理能力が150立方ヤード/時と限られ、篩下も2.5インチ以下で比較的粗粒です。トロンメル・スクリーンは一般的に見られる機械で、筒状のスクリーンを傾斜させて設置し、これに散水させながらゆっくりと回転させて、上方から砂礫を供給し、解砕と篩い分けを同時に行うものです。振動篩は2〜3種類の篩目のスクリーンを重ね、機械的振動を与えながら篩い分けするもので、トロンメル・スクリーンよりも価格が安く効率的だといわれています。いずれも砂礫に粘土や表土が混ざると篩い分け効率が低下します。スルース・ボックスの上に穴を開けたパンチ・プレート(Punch plate)をつけて礫を除くのは、スルース・ボックスの傾斜を急にしても、スラリーの流速を非常に遅くさせ渦動を発生させにくくするため、砂金の回収率を低下させると考えられています。

 ユーコンの大きな砂金地ではトリプルラン・スルース・ボックス(Triple-run sluice box)がしばしば使用されています。これは商品名ロス・ボックス(Ross Box)とも呼ばれています。構造は滑り板(Slick plate)、ダンプボックス回収部(Dump box recovery area)、分配部(Distributor)、センターラン(Center run)、アンダーカーレントラン(Undercurrent run)、サイドラン(Side run)から構成されています。給鉱された砂礫は滑り板の部分で噴射水によって洗浄され、分配部の穴あき板またはスクリーンで篩われて、細粒部は両側のサイドランへ流され、礫はセンターランを押し流されます。ナゲットはセンターランで回収され、細かい砂金はサイドランで回収されます。

  【図版】

 トリプルラン・スルース・ボックスの見取り図

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自分のパンニングの回収率

momo3(2003/11/28 06:43:09)


 五味さんこんにちは、ユーコン砂金物語、いつも興味深く読ませていただいてます。

 回収率の話が出てますが、わたしは自分のパンニングの回収率が前から気になってました。最近なんとなくパンニングでの回収率に問題があるような気がしてたのですが、先日その問題をはっきりと確認出来てしまいました。

 3連休後半に吉野川に出かけてたのですが、ある時、波で一粒落としてしまい、メガネで見ても見つからなかったので、仕方なく落としたあたりをポンプで吸い上げたのですが、なんとそこからは5〜6個だったかが出て来ました。 これはたぶん自分がパンニング中に落としたものだろうということで、それ以降は、土砂は桶の中に流すようにし、その土砂を砂金が出なくなるまで繰り返し洗うように変更してみました。一回で洗う土砂は一段目のリッフルの半分以下と言うごく少量の盤叩きの土砂ですが、結果は、例えば1回目20個程度、2回目5〜6個、3回目数個、4回目1個、5回目ゼロ、と言うようなものでした。この例で言えば1回目の回収率は70%程度と言う計算になります。その後も2回目、3回目にも出てくることが多かったです。

 土砂が少量なので、両手での回転はやらず、最初から片手で少しゆすってはリッフルを使って流すと言う方法で、パンニング完了まで数十秒と言うようなとんでもなく雑なパンニングなので、ある程度は流しているだろうとは思っていましたが、それにしても30%を失っていると言うのは予想以上の悪さでした。

 これまで、あまり砂金の含まれていない土砂の場合で、数個の砂金を残したまま数回のパンニングを行い、前回と同じ砂金が継続して残っているのを確認するようなことは時々行っていたので、こんなに悪い回収率が出てきたのはちょっと驚きでした。(まあ上記の場合、土砂を桶から皿に移しているので、砂金は土砂の上部に多いと思われ、数個の砂金を残している場合では、砂金は最初から一番底にいるので、流れ出る可能性が違うのも理解出来る部分もありますが。)

 原因は勿論、パンニングが雑過ぎると言うのが大きいと思いますが、それ以外に、パンニング皿のリッフルを使う場合、先に行くほど土砂の幅が狭くなって行くので、砂金が多く含まれる土砂の場合、一部の砂金が出て行き易いと言う構造的な問題があるようにも思います(この点では四角いパンニング皿はいいのでしょうか?)。後、この土砂は割れた角のある重そうな小石が大部分を占め、これがパンニングの邪魔をしていたような感じもありました。

 今回わたしは自分の回収率をはっきりさせることが出来ていい経験になりましたが、みなさんご自分の回収率はご存知でしょうか?

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バックアップ・パンなど

野村(2003/11/28 10:16:37)


 以前に大森さんに個人的メールで書いたことでもありますが、常に自分のパンニングや揺り板の使い方について、自分のやり方は完璧ではないであろうと、チェックをかける必要があります。自分は完璧と思い込んだら、その人の成長はそこで止まります。謙虚な気持ちが絶対に必要です。

 その為にも、バックアップパンの使用をお勧めします。これはアメリカのビデオで見たのですか(10本以上あるので、どれで見たか忘れましたが、Sure Fireだったかな?)、パンニングや揺り板を使用するときに、下にもう一枚の皿を(出来たら少し大きめ)沈めておき、パンニング終了後、流し去った砂をもう一度慎重にパンニングしてみるやり方です。意外と砂金が逃げているものです。ビデオでは、ときどきこのバックアップパンを行って、自分のやり方をチェックしておけと言っていました。

 スルースやドレッジでも同じことが言えます。ある方のドレッジでも、連続して土砂を吸いすぎていると思ったので、スルースの後ろに私のスルースを連結して置いて見たところ、2本目のスルースから、わんさか砂金が回収できました。これらは本来のスルース部分で逃がしてしまっていた物です。ドレッジで土砂を吸う時は、少し吸ったら次に水だけ吸ってしばらく流し、また土砂を吸う、としなければ、砂金が上を滑って逃げます(水中の土砂の割合は30%以下と言います)。

 こういう実験を繰り返した結果、私は「板ネコ」のブロックリッフルをあまり信用していません。伝統的な道具にケチをつけるようで、気を悪くされる方があるかもしれませんが、水流の強さ、土砂の量、供給間隔などが適当でないと、板ネコではかなりの砂金を流してしまいます。ただし、ハンガリアンリッフルやエキスパンドメタル、ノーマッドマットを使用した近代のスルースであっても、回収効率は良くなっているとはいえ、これらの要素が適当でないと砂金が逃げるのは言うまでもありません。上記のドレッジは、近代的スルースを使用していましたから。

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Re:バックアップ・パンなど

momo3(2003/11/28 18:55:46)


 バックアップパンでも桶でも、土砂をすぐに捨てずにパンニングすると言うのは安心感もあっていい方法ですね。回収率を確認すると言う意味だけでは無く、砂金を流さない方法として普段からやってもいいかも知れないと思い始めました。

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Myスルースのバックは野村スペースです、笑!

カン平(2003/11/29 01:55:27)


 野村先生にチェックされてしまったカン平です。笑!


>2本目のスルースから、わんさか砂金が回収できました。


 いつも大げさだから苦笑してますよ。たしかあれは1ミリが3粒でしたよ。

 五味さんの「リッフル間が重鉱物で充填されて渦動が発生せず、またマットが充填物で覆われて、砂金がマットに捕集されにくい状態になります。」はすぐに想像できますから、最近では吸引方法を変更していますので、うまくいってるはずです。(作業中リッフルが見えないから分からない。気が付けば転覆してたり溢れてたりして、後ろへ流すより損失は大きいことがありますよ。)

 同じく五味さん「スルース・ボックス幅1フィートに対する水量は、アングル鋼材のリッフルで320インペリアル・ガロン/分が適切とされました。スルース・ボックスへの砂礫供給量について、アングル鋼材を使ったリッフルでは8立方ヤード/時間程度の倍に近い給鉱量でも機能することが判りました。」から1フィート当たり320インペリアル・ガロン/分なんてホビー用で確保できませんからできるだけ多くの水を吸うようにはしています。

 しかしながら、作業性を重視して、例えば、私の場合、針金でサクションノズル径を半割にせず、拳大のレキも吸いあげてしまいます(パンチメタルがありますので篩われています)し、垂直方向にも寄せ場があると考えていますから、寄せ場は慎重に、その他はガンガン土砂を吸引して多少流れる小さい砂金は許容しています。

 限られた時間の中の作業ですから効率を優先しています。流れた小さい砂金は、野村先生のに確保されるか、再び川で、大きく育ったところを回収の予定です。

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Re:Myスルースのバックは野村スペースです、笑!

momo3(2003/11/29 08:36:46)


 効率と言うのはわたしも最初の頃はよく考えました。例えば

(1)荒いパンニングは所要時間1分で回収率70%とします。

(2)丁寧なパンニングは所要時間10分で回収率100%とします。

(3)土砂を集めるのに必要な時間を10分とします。

 この設定だと単位時間当たりの回収量の比率は、

  (1) 70×60/(1+10)=382%

  (2)100×60/(10+10)=300%

 となって荒いパンニングの方が効率が良くなります。この例の設定が妥当かどうかはわかりませんが、回収量のみを考えれば、回収率よりも処理する土砂の量を多くすると言う考え方は当然あるでしょうね。パンニングだと土砂を集める時間が必要なので、回収量の差は縮まりますが、ドレッジだとこの時間は無いでしょうから、差はもっと大きいかも知れませんね。

 ちなみに最近のわたしの一番の目的は、回収率でも回収量でも無く、ある程度時間もかかって効率は悪いかも知れない「自分の落とした砂金を拾い上げる」になってます。(^^)

 もちろんパンニングしている時は回収率や回収量も考えてはいますが、メガネを覗いている時間が結構多いです。

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効率と採算など

野村(2003/11/29 15:29:26)


>野村先生にチェックされてしまったカン平です。笑!

>>2本目のスルースから、わんさか砂金が回収できました。

>いつも大げさだから苦笑してますよ。たしかあれは1ミリが3粒でしたよ。


 カン平さん。大げさで済みませんね(笑)。もしもナゲットが巨大ポットホールに在ったら、ちゃんとカン平さんのスルースに残って居るでしょうから、ご安心ください。私は性格として、私のスルースからもさらに逃げているであろう砂金の量が気になります。私は道具屋でシステム屋ですから(笑)。

  M=1段目桃岩スルース残留砂金、N=2段目野村スルース残留砂金、R=流失砂金

100%×R/(M+N+R)=?

 Nが1mm3粒でも、あの時Mはどれくらいでしたっけ? それに、Rは未知で、MとNから推測するしかないです。

 ところで、アメリカ、カナダの最近の趣味砂金の本でも、民族性なのか(?)常に効率を計算する数式が登場します。

 The Modern Goldmseekers Manual (by Tom Bryant)

には、道具を購入したり、自作したりする時の妥当な費用について、時には作業方法そのものまで、効率と採算を計算しています。例えば、ある道具を作って、材料費、製作時間、何シーズンもつ(使用に耐える)か、見込まれる砂金の量は? などです。「岡掘り」の時の土砂の運び方まで検討してありました! 一輪車で運ぶか? 天秤棒で運ぶか?です! それでこんなことが書いてあります。

  This miner didn't get rich, but it was good exercise, cheap entertainment, and the gas in the car was paid for.

訳すとこんなとこでしょうか。

 「こんなやり方をしている砂金掘りは儲からない。しかし良い運動にはなるでしょう(ダイエットの意味か?)、それに金の掛からない娯楽と言えるし、ガソリン代くらいはペイします。」

 つまり彼らは採集した砂金を、一部か全部か知りませんが、とにかく売ってお金に換えています。日本の趣味で砂金掘りをしている人たちとは、大分考えが違うと思います。水銀を使って、粉金を塊にしてしまうのも、全く抵抗が無いのはその為でしょう。

 で、話を戻しますが、1日に総重量で何g採るかが問題ならば、実は、粉のような砂金は無視するのが、おそらく正しいやり方でしょう。

 カン平さん、頑張ってナゲットを採り続けてください。私は後ろで落穂拾いをしてますから(笑)。

 ちなみに先ほどの本、AMDSで売り切れなのはちょっと気になりますが、他で入手できればぜひご一読をお勧めします。この本の中で私の大好きな道具 Rocker は、どう結論してあるかと言うと、

 The Rocker is truly the poor man's mining equipment.

です!(爆笑)

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Re:効率と採算など

カン平(2003/11/30 00:41:46)


>M=1段目桃岩スルース残留砂金、N=2段目野村スルース残留砂金、R=流失砂金


 実は私も、このRが一番大きいだろうなと考えてましたが、夕べは眠くって「おやすみ」しちゃいました。また、先を越されました。笑。確認できないRを考えないことこそが精神衛生上良いと考えています。


>例えば、ある道具を作って、材料費、製作時間、何シーズンもつ(使用に耐える)か、見込まれる砂金の量は?などです。つまり彼らは採集した砂金を、一部か全部か知りませんが、とにかく売ってお金に換えています。


 私の場合、リサイクルと百均で材料を調達しますから500円/スルースですし、しかも昨年の年末年始はすこぶるダイエットできましたし、自作道具を改良して砂金を採るのが楽しくて仕方がないと言ったところでしょうか。唯一違うのは売るほど採れてないということですね。笑。採算効率を考えると、夏はアラスカ、冬はオーストラリアでしょうかね?

 ところで、「スルース・ボックスへの適切水量を求める線図」に基づき、Rの少ないスルースの製作の準備をしていますが、リッフルの間隔が分かりません。どなたか教えていただければ幸いです。

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砂金の回収率

五味(2003/11/30 15:13:59)


 momo3様、野村先生、カン平様、自分のパンニングやスルースボックスでの砂金の回収率は非常に気になるところです。ユーコンでは従来は効率良く砂金量を回収することに重点が置かれていましたが、金相場が上昇した1980年代には逃し易い細粒の砂金の回収について注意が払われるようになりました。また、このことは、次第に粗粒の砂金を回収できるような砂金地が減少してきたという背景もあります。新しく採掘に着手した砂金地では、砂金鉱業監督官はスルースボックスからのテーリングを貯鉱しておいて、定期的に振動テーブル(Wilfley table)などにかけて、逃した砂金量をチェックするようリコメンドしています。これは野村先生が提唱されたバックアップパンと同じ考えです。

 細粒の砂金がどれくらい回収できるものなのかは、現在Clarkson(1989、1990)などを取り寄せていますので、いずれ要約を書き込みさせて頂きたいと思います。

 私はかなり以前に、単位体積当りの砂礫の乾燥重量を計り、それをざっとパンニングして重砂を集め乾燥重量を計ってから、試金分析で金銀品位を出して単位体積当りの砂金量を計算し、実際のパンニングで回収した砂金量と比較したことがあります。試料数や処理量が少なく、ばらつきが大きいので、きちんとした結果はでませんでしたが、概してパンニングで回収できたのは計算値よりも1〜3割少ない傾向だったと記憶しています。

 スルースボックスへの適当な水量を求める線図の前提となる、リッフル寸法などは、線図に解説がついていないので、はっきりしないままですが、ユーコンに照会してみたいと思います。出典は異なりますが、ユーコンでの実験結果では、−15°のスルースボックスの場合、1インチのアングル材の翼部を1/2に切り縮め、2インチ間隔で配列することをリコメンドしていますので、このくらいの寸法が前提かと想像しています。

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丸い皿で逃げるのは

野村(2003/11/28 10:23:58)


 丸いパンニング皿で砂金が逃げる仕組みですが、私の考えでは、傾けていった時に平らな底の重鉱物が手前から顔を出しますが、左右両端に砂金が出てきた場合、残った砂の両脇を通って砂金は逃げます。おっしゃるとおり、先に行くほど幅が狭くなっているのが原因だと思います。スクウェアパンでは、常に先の方ほど幅が広いので、この仕組みでの砂金逃げ方は無いようです。しかしまた別の仕組みでの砂金の逃げがあるようなので、現在研究中です。

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Re:自分のパンニングの回収率

ナカノ(2003/11/28 15:11:54)


 momo3 さん初めまして。私も同じような経験があります。この前パンニングをしていたら目の前の捨てた砂の上に砂金を見つけて、まさかと思いながら表面をパンニング皿でしゃくってパンニングしたら1ミリほどの砂金でした。もしかしたらと思い、そのあたりの砂を大きくパンニング皿でしゃくって慎重にパンニングするとまた1ミリ弱のものと他数粒細かいのが出ました。最近は内心パンニングには少々自信があったのでショックで一瞬固まってしまいました。

 原因はパンニング皿での最初の揺すりが足りなかったものと思われます。しかも横着をしてパンニング皿に砂を入れすぎて、砂金が底まで沈んでいなかったようです。揺すっている時に手を入れて浮遊化しているかどうか確認はしているのですが。私の行く川の砂金は長旅をしてきたらしくとても薄いのが多いのでなおさら沈みづらかったようです。いつも粉のような砂金(0.1ミリ以下)もキッチリと採れているので、こんなに小さな物まで逃がしていないというような変な自信があったのでなおさらでした。

 野村さんの言うように自信過剰は禁物ですね。常に気を抜かないようにしないとせっかくの砂金を逃しかねません。自分の失敗に気が付いたのはかえって良かったのかも知れないと今は思っています。このまま気づかなかったら、せっかくパンニング皿まで入れている砂金を常に何%か逃し続けているかもしれません。慣れは恐いですね。

 私は洗い桶に土砂を集めて、荒パンニングをしてからパンニング皿に移してパンニングしてます。荒パンニングをする洗い桶には土砂が多いので揺すったぐらいでは浮遊化しないで、底に固まった部分が残ります。それが分かっているので特に注意をして底まで手でかき回し充分浮遊化してますから、荒パンニングでは確実に砂金は底に沈んでいると思います。今度パンニング皿に移したら、空いた洗い桶に水を入れてその中でパンニングして逃していないか試験をしてみようと思います。

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Re:自分のパンニングの回収率

momo3(2003/11/28 18:56:30)


 ナカノさんこんにちは、


>慣れは恐いですね。


 そうですね。わたしも最近は砂金の含まれている率の低い土砂を洗うことが多いので、そういう土砂にあまり時間をかけるのも無駄かなと言う事で、テスト的な荒いパンニングをやっていることが多いのですが、それが習慣になってしまっていて、まあまあ良さそうな土砂の場合でも、つい荒くやってしまうのが困ったものです。

 わたしもリッフルを使わずにやるパンニング方法ではある程度の自信はあるのですが、結構時間もかかるし、そんなに丁寧にやる必要のある土砂も関西ではめったに無いので、最近はリッフルを使った荒いパンニングでやることがほとんどです。

 わたしは、円形のパンニング皿のリッフルを使って流す方法では、どんなにうまくやっても少しは流れ出て行く可能性があるのではないかと、以前から考えていましたが、今回みたいに30%を失うと言うのはさすがに流し過ぎでした。でも、桶の中に流して何回か繰り返す方法だと確実に回収出来そうですので、これからは高速なパンニングも気楽に出来そうです。(^^)

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ユーコン砂金物語(21) スルース・ボックスのメカニズム添付図拡大

五味(2003/11/24 22:36:10)


  【図版】

 ユーコン砂金物語(21)スルース・ボックスのメカニズムの添付図のうち、基本となる渦動を示した図が小さかったので、拡大して示します。

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ユーコン砂金物語(24) クロンダイクのドレッジャ

五味(2003/11/24 22:41:45)


 クロンダイクでは採金ドレッジャが1901年から1966年まで使用されました。投入されたドレッジャは延べ19隻で、この間にドレッジャによって処理された砂礫量は記録にある量だけで合計370,343,697立方ヤードに上っています。

 ドレッジャは水に浮かんだ船体に採掘機械、選鉱、水洗などのプラントを載せた構造で、採掘しうる最大深度は40m、通常は15〜23m程度ですが、大きな礫や古木の根株があるところや、硬く固結した砂礫層の採掘には適さないといわれます。代表的なドレッジャはエンドレスバケット(Endless bucket)をもつディッギングラダー(Digging Ladder)を持ち、この上部は船体の甲板構造物に取り付けられ、先端は船首起重機に取り付けられて上下するようになっています。ディッギングラダー両端には大きなホイールがあって、このホイールの回転によって一連のバケットが池底を掘削します。掘削にあたっては反動によってドレッジャが動かないようにスパッドと呼ばれる杭で砂礫層に止められ、さらに船首はロープで岸と固定されます。掘削された砂礫はトロンメルで水洗され、篩下がジグ、スルース・ボックスまたはテーブルにかかり、砂金を回収します。スルース・ボックスは幅60〜90cmで、傾斜1/8〜3/32、あるドレッジャでは深さ37.5mmのリッフルを31.2mm間隔でつけていたとのことです。また、ドレッジャの建造には多くの資金が必要であり、少なくとも15年分以上の鉱量が確保されていなければならないといわれます。

 クロンダイクでの最初のドレッジャはディスカバリー・ドレッジ(Discovery Dredge)で1901年にボナンザ・クリークで稼動を始め、1908年にアラスカへ送られました。

 最大のドレッジャはカナディアン・クロンダイク・マイニング社(Canadian Klondike Mining Co.)が1913年に投入し、ユーコン・コンソリデイティド・ゴールド社の4号となったドレッジャで、16立方フィートのバケットをもち、1959年までに65,559,475立方ヤードの砂礫をクロンダイク河やボナンザ・クリークで採掘しました。現在はボナンザ・クリークに記念物として保存されています。ユーコン・ゴールド社(Yukon Gold Co.)の5号(1908〜1917年)や8号(1911〜1917年)は稼動を中止した後、マレーシアへ砂錫のドレッジャとして売却されました。ユーコン・コンソリデイティド・ゴールド社の5号はハンカー・クリークとドミニオン・クリークで稼動していましたが、1943年に落雷によって全焼しました。クロンダイクで最後まで稼動していたドレッジャはユーコン・コンソリデイティド・ゴールド社の8号と11号で、サルファー・クリークとラスト・チャンス・クリークで、ともに1966年に解体されました。

  【写真】

 ドーソン近傍のクロンダイク河で稼動中のドレッジャ

  【写真】

 朝鮮順安砂金地で稼動中のドレッジャ

  【写真】

 ドレッジャのバケット

  【図版】

 ドレッジャの構造図

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埋蔵金??

oga(2003/11/25 12:33:55)


 22日夜、ボーっとテレビを見ていたら超能力埋蔵金発掘プロジェクトと言うかなり眉唾な企画をやっていました。関西テレビだったかな? ifもしも・・・になったら という番組だったと思います。11月29日夜11時からの放送でその全貌が明らかになるそうです(笑)。予告編では旭川の方の山の中でロケをしているようでした。埋まっている物は砂金ですとチラッとテロップが流れるのを見ました。超能力で埋蔵金のある場所がわかるのなら私がいつも行っている川のヨセバを見つけてほしいなーと思って見ていました(笑)。

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Re:埋蔵金??

小林(2003/11/25 13:20:02)


 先日、息子が針金2本を両手に持って、ダウジングのまねごとをしていました。針金が開けば、そこに目的のものがあるという、あれです。もしも本当にそんなことができれば、寄せ場探しは簡単ですね。

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Re:埋蔵金??

野村(2003/11/25 13:38:48)


 こんにちは、ogaさん。実はこの番組のこの企画。前回放送した時に見ていました。

 問題の埋蔵金は、「カムイコタンの埋蔵金」と呼ばれるものでして、畠山清行さんの本に取り上げられている、一応有名な埋蔵金です。和人に取り上げれれる前にアイヌの人たちが隠した砂金とされています。明治の頃にタコ部屋の労働者が、仲間の死体を処分させられたとき、その洞窟の中が一面の砂金だったとか。なんでも、発見した労務者は死んだ時、かなりまとまった砂金を持っていたとかかれてありましたから、埋蔵金と言うよりも、「砂金の溜まり場」を発見したのかもしれませんよ!!

 この埋蔵金については、「埋蔵金」で検索検索をかけて、出てきたたいていのページに「カムイコタンの埋蔵金」として出ていると思います。なお、ifという番組については、公式ホームページがあります。

  [ifの公式ホームページ(過去の番組)]

ここで「選択してください」から、#55と#56を選んでくださると、概要が出ています。


>超能力で埋蔵金のある場所がわかるのなら私がいつも行っている川のヨセバを見つけてほしいなーと思って見ていました(笑)。


 本当ですね。

 ところで生徒たちに地学の時間に、「テレビで旭川の近くの神居古潭が映っていたぞ。低温高圧型変成帯のカムイコタンが。君ら見てたか?」と聞くと、視聴率2%くらいでした(笑)。

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やはり砂金でしたか!

oga(2003/11/25 15:14:06)


 こんにちは、野村先生(先生とお呼びして良いのでしょうか? 様? さん? の方が良かったかな? 失礼があったらお許しください)。詳しい説明有難うございます。

 なるほど・・カムイコタンの埋蔵金ですか・・・どこまで放送するのか解りませんが、とりあえず29日は要チェックですね。

 近所の川の(金鉱山の下流です)滝壺には、きっと砂金が溜まっているのではと遊びに行くたびに考えてます。大量の土砂に埋まっているので掘ることは出来ませんが、滝の上では0.5mmに満たないくらいの砂金を3粒今年見つけましたその時、銀色の3mm位の物も見つけたので取ってありますがなんなのか解りません。その内一つは磁石にくっつくので鉄鉱石の一種だろうと思っています。